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Word Focus TOPページへ戻るNo.107      (第14回トラベラーズワクチンフォーラム報告)
<<トピックス>>    
インフルエンザワクチンの現状について
   国立病院機構三重病院
 臨床研究部
   国際保健医療研究室長 中 野 貴 司

1.現行の不活化インフルエンザワクチン
(1)効果1)
@ワクチンの有効率
 ワクチンの発病予防効果は、非接種群における発病率[p0]と接種群における発病率[p1]から計算される(表1)2)。[(p0 ー p1)/p0]によって求められるが、この計算式は[1−p1/p0]と変形することが出来、[p1/p0]は相対危険(RR,relativerisk)と呼ばれる。すなわち、1から相対危険を差し引いた値がワクチンによる発病予防の有効率となる。
 この計算式からわかるように、「有効率70%」とは“100人に接種すれば70人は発病しない”ということではなく、“ワクチンを接種せずに発病した人の70%は、接種をしていれば発病を回避できた”という意味である。(図1)
A高齢者における有効率
 2001年11月に高齢者に対するインフルエンザワクチン接種が法制化される根拠となった厚生科学研究の結果3)を紹介する。全国の老人福祉施設・病院に入所・入院している65歳以上の高齢者で、インフルエンザワクチン接種群(流行シーズン前に1回接種)と非接種群を対象として、流行期の罹患状況調査を多施設共同研究として実施した。予防接種を受けることにより、死亡のリスクが0.2以下(有効率80%以上)、発病のリスクが0.45−0.66(有効率34−55%)に減少していた(表2)
 米国の要約4)では、65歳以上高齢者における発病予防効果は30−40%、死亡回避は80%で、わが国の結果と一致する。入院回避については50−60%の有効率としている(表2)。米国では50歳以上の者に対して不活化インフルエンザワクチンの接種が推奨されている。
B小児における有効率
 全国の小児科医療機関による多施設共同研究が厚生労働科学研究として実施された5,6)。流行期前に6歳未満児をワクチン接種群と非接種群にエントリーし,接種群には規定量のワクチンを原則4週間間隔で2回接種した。流行期を通じて、児の症状(発熱、鼻汁、咳など)を調査書式ハガキ返送により毎週調査し、平成12年度2,337例、13年度2,612例、14年度2,913例を解析した。
 インフルエンザワクチンによる発病阻止効果を、多変量解析によりオッズ比を計算した結果、ワクチン接種によりインフルエンザ流行期における発熱リスクは0.7台(調整オッズ比0.75−0.78)に減少し、各年度とも統計学的有意差があった。すなわち、ワクチンの有効率は22−25%という結果であった。
C有効率はもっと高い?
 本稿で紹介した研究3,5,6)では、発病予防効果(有効率)を解析する結果指標として、インフルエンザ流行期の発熱を用いている。その理由は、すべての調査対象者の発熱機会にウイルス分離や迅速診断を漏れなく実施することは現実的には不可能だからある。インフルエンザは季節・地域流行する傾向が著しい疾患であるから、流行期における発熱者を「インフルエンザ」と定義し解析したわけである。
 しかし、インフルエンザが流行する冬季は、RSウイルスなど他のウイルス感染症の患者も多い。そうなると、評価に用いた「インフルエンザ様疾患」には「冬季の非インフルエンザ性発熱疾患」が相当数含まれているであろう。すなわち、本調査で得られた結果はワクチンによる発病防止効果を過小評価している可能性があり、不活化インフルエンザワクチンの有効率はもっと高いのかもしれない。
D現行ワクチンの弱点
 流行ウイルスの抗原性がワクチン株と合致しない場合は効果が乏しい、注射製剤であるため気道粘膜免疫の誘導が不十分であるなど効果の限界が元々存在することは指摘されている。また、罹患歴が無く免疫機能が未成熟な年少児において、十分な防御免疫を誘導できるのかについてもしばしば議論され、特に乳児などでは抗体反応が不良という報告もある7)

(2) 副反応1)
@高齢者
 接種後48時間以内の副反応について調査が行われた3)。その結果、37.5℃以上の発熱(0.5−1.3%)、発疹(0−0.6%)、接種局所の発赤(8.8−17.6%)、疼痛(1.3−3.0%)、腫脹(2.8−6.6%)などが観察されたが、頻度や程度とも軽微であり重篤な副反応は認められなかった(表3)
A小児
 小児でも接種後48時間以内の全身および局所症状を、ハガキ返送により調査した6)。37.5℃以上2.7−4.6%、38.0℃以上1.3−2.8%、39.0℃以上0.2−1.4%という結果であった。高齢者より発熱頻度が高いが、接種局所の変化は、発赤(10.6−18.9%)、硬結(7.6−12.0%)、腫脹(6.6−11.4%)で、それぞれの症状はいずれも軽微であった(表3)

2.旅行者とインフルエンザ

(1)インフルエンザの流行疫学
 北半球と南半球で季節は逆転しており、温帯地方でインフルエンザが流行するのは冬季である。したがって、日本とオーストラリア・ニュージーランドでは、インフルエンザ流行月は全く逆転している。また熱帯や亜熱帯地域では、年間を通じてウイルスが分離されたり、雨季に多いといわれる8)。そうなると、日本では流行期でなくとも海外旅行者はインフルエンザに曝露される可能性が大いにある。
(2)ワクチン株の選定
 世界的には毎年2回(北半球用と南半球用)、WHOの専門会議で来るべき次シーズン用のインフルエンザワクチンに用いる株が選定される。そしてわが国は、その推奨株を参考に、流行状況も考慮しながら毎年5−6月頃にワクチン株を決定する。近年のワクチン株を表4に示した。インフルエンザウイルスの名前は、そのウイルスが初めて分離された(「初めて流行した」ではない)土地の名称がつけられており、例えば“A/広島/52/2005(H3N2)”は“2005年に広島で52番目に分離されたA香港型(H3N2)のウイルス”という意味である。数年続けて同一の株が選定されることもあれば、1シーズンのみで変更される株もある。より有効なワクチンを世に出す努力が毎年継続されているわけである。
(3)渡航者とインフルエンザワクチン
 渡航に際して感染のリスクがあることは確かであるが、インフルエンザは渡航前に接種すべきワクチンであろうか。すでにご承知のように、わが国では流行期に備えて大量のインフルエンザワクチンが製造される。しかし、流行期にそれらはほとんど全て消費されてしまい、通年性に入手できるものではない。
 現実的には、毎年しっかり接種しておくことが渡航時にも相通じる対応策であろう。ただし、渡航先で流行しているウイルス株と抗原性が一致するか、数ヶ月以上前に接種したワクチンによる免疫がいつまで持続するかという課題は残る。

3.新しいインフルエンザワクチン
(1)経鼻弱毒生ワクチン
 鼻内噴霧用の低温馴化三価弱毒生ワクチン(商品名FluMistR)は、2003年に米国で認可された。鼻腔内に限局した感染を起こし、体温の高い下気道では増殖しない。免疫効果については、血中抗体、気道局所免疫とも上昇が認められる。流行株とワクチン株の抗原性が一致しなかったシーズンでも80−90%の有効率が報告されたことは、注目に値する(表5)9,10,11)。現在米国での接種対象は2歳以上50歳未満の健常者であり、インフルエンザが重症化しやすいハイリスクグループに対しては、従来の不活化ワクチンが推奨される。
(2)経鼻不活化ワクチン
 アジュバントとして大腸菌易熱性毒素(LT)を添加したワクチンが、2000−2001流行期にスイスで導入され、その効果が期待された。しかし、顔面神経麻痺発症のリスクが対照群より19倍高いと報告され、安全性の問題から使用が中止された12)
わが国では、現行の不活化インフルエンザワクチンにアジュバントとしてToll-likereceptor-3のアゴニストであるpoly(I):poly(C12U)(Ampligen)を添加し経鼻噴霧することにより、H5N1インフルエンザウイルスに対する抵抗性も獲得できるという素晴らしい動物実験の結果が報告された13,14)。今後、安全かつ有効な経鼻不活化ワクチンの実用化に期待したい。

4.新型インフルエンザパンデミック対策
(1)過去のパンデミック
 私たち人類は、これまでにおよそ10〜40年の周期で、新型インフルエンザウイルスの大流行を経験してきた。しばしば紹介されるのは1918年の「スペインかぜ」である。世界中で5億人が罹患し、2,500万人以上が死亡したといわれている。高齢者や乳幼児などハイリスク群よりも青壮年層の患者が目立ち20−30歳代にかけて死亡者のピークがあったとされているが、この理由はわかっていない15)
(2)トリインフルエンザH5N1
 高病原性トリインフルエンザウイルスH5N1のヒトへの感染が初めて報告されたのは、1997年の香港であった。その後アジアや世界各地で、本ウイルスによる家禽や鳥類でのアウトブレイク、さらにはヒトへの感染事例が相次いで報告された。現時点では、未だヒト〜ヒト間での感染伝播は通常は起こらない状態であるが、変異によりヒトからヒトへ感染するウイルスになる可能性は十分にある。パンデミックが近未来に起こるのか、またその流行ウイルスがH5N1由来のものになるのかは定かではない。しかし現在の患者発生状況を考慮すれば16)、H5N1ウイルスに対する備えは危機管理対策のひとつとして不可欠である。
(3)プレパンデミックワクチン
 すでに日本を含むいくつかの国で、パンデミックに備えるためのワクチン開発がH5N1型ウイルスを用いて行われている。しかしパンデミックが発生した時には、すでに現在のウイルスから抗原性が変化している可能性が高い。したがって本ワクチンは「プレパンデミックワクチン」と呼ばれ、製造手法は応用が可能であるがワクチン株自体は変更される可能性がある。
 DPTワクチンなどにも用いられる水酸化アルミニウムをアジュバントとして添加した全粒子型不活化ワクチンを、3週間間隔で2回接種するという成人に対するU/V相試験が、わが国で実施された。観察された主な有害事象は軽度の局所反応で、重篤な副反応は認めず、有意な中和抗体獲得率が約7−8割であった。本ワクチンは2007年10月に認可され、その後小児に対する治験が実施されている。

(参 考 文 献)
1)中野貴司:インフルエンザワクチンの有用性.臨床検査52:53−56、2008.
2)廣田良夫:インフルエンザワクチンの有効性−点推定と区間推定−小児感染免疫 18:283−291、2006.
3)平成9−11年度厚生科学研究(新興、再興感染症研究事業)報告書:「インフルエンザワクチンの効果に関する研究」(主任研究者:神谷齊)
4)CDC:Chapter16;Influenza.In:NationalImmu-nizationProgramPinkBook9thed.CDC,Atlan-ta,p233−253,2006.
5)平成11年度厚生科学研究(新興、再興感染症研究事業)報告書:「幼児等に対するインフルエンザワクチンの有効性、安全性に関する基礎的研究」(主任研究者:廣田良夫)
6)平成12−14年度厚生労働科学研究(新興、再興感染症研究事業)報告書:「乳幼児に対するインフルエンザワクチンの効果に関する研究」(主任研究者:神谷齊、加地正郎)
7)入江伸、藤枝恵、伊藤一弥、他:4歳未満児における不活化インフルエンザワクチンに対する免疫応答.感染症誌 81:284−290、2007.
8)Hampson,AW:EpidemiologicaldataoninfluenzainAsiancountries.Vaccine 17:S19−23、1999.
9)Belshe,RB,MendelmanPM,TreanorJ,etal:Theefficacyofliveattenuated,cold-adapted,trivalent,intranasalinfluenzavirusvaccineinchildren.NEnglJMed338:1405−1412、1998.
10)Belshe,RB,GruberWC,MendelmanPM,etal:Efficacyofvaccinationwithliveattenuated,cold-adapted,trivalent,intranasalinfluenzavirusvacc-ineagainstavariant(A/Sydney)notcontainedinthevaccine.JPediatr136:168−175、2000.
11)Treanor,JJ,Kotloff,K,Betts,RF,etal:Evaluationoftrivalentlive,cold-adapted(CAIV-T)andinact-ivated(TIV)influenzavaccinesinpreventionofvirusinfectionandillnessfollowingchallengeofadultswithwild-typeinfluenzaA(H1N1),A(H3N2),andBviruses.Vaccine18:899−906、1999.
12)Mutsch,M,Zhou,W,Rhodes,PR,etal:UseoftheInactivatedIntranasalInfluenzavaccineandtheRiskofBell'sPalsyinSwitzerland.NEnglJMed350:896−903、2004.
13)WorldFocusNo.103:2008.
14)Ichinohe,T,Tamura,S,KawaguchiA,etal:Cro-ssprotectionagainstH5N1influenzavirusinfe-ctionisaffordedbyintranasalinoculationwithseasonaltrivalentinactivatedinfluenzavaccine.JInfectDis196:1313−1320、2007.
15)中野貴司.インフルエンザの疫学−日本と世界のインフルエンザ.小児看護31:21−27、2008.
16)WHO:WHO-confirmedhumancasesofavianinfluenzaA(H5N1)infection,25November2003-24November2006.WeeklyEpidemiologicalReco-rd,82,No.6(Feb9):41−47,2007.

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