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はじめに
感染症にはワクチンが最も効果のある予防方法である。そのワクチンを考えるとき、対象となる病原体の感染様式、増殖様式、潜伏様式等の病原体側の生活環とそれに対する生体の応答を考える必要がある。特にインフルエンザのような急性感染症においては自然感染により誘導される免疫応答を理解することが効果的なワクチン開発には不可欠である。
インフルエンザウイルスとその感染シグナル
インフルエンザウイルスはオルソミキソウイルス科(Orthomyxoviridae)に分類され、主にA型及びB型がヒトに感染し、上気道炎を中心とする急性呼吸器症状及び小児における脳症を引き起す。近年東南アジアを中心に高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)がヒトに感染し致死的な病気を起こしている1。また、これら高病原性鳥インフルエンザウイルスがヒトからヒトへの感染能力を獲得して新型インフルエンザとなり、パンデミック(大流行)を引き起す危険性が危惧されており、それらに備えたワクチンの開発が急務となっている。
インフルエンザウイルスはマイナス一本鎖RNAをその遺伝情報として持つRNAウイルスであり、感染の際にその一本鎖RNAがTLR7(Tolllikereceptor7)により認識され、最初のウイルス感染の信号として細胞に伝えられることがわかってきた2。その後増殖の過程で二本鎖RNAが存在しTLR3により認識される。このようにインフルエンザは感染直後から細胞によって様々な感染の信号が認識される。感染によって粘膜上に引き起される応答を検証することによって、インフルエンザウイルス感染の防御戦略を立てることができる。
粘膜ワクチンの開発
インフルエンザウイルス感染防御のためのワクチンは、現在、流行予測に基づいて不活化ウイルス(“split-product”vaccinesor“subunit”vaccine)を用いた皮下接種ワクチンが使われている。これは感染予防を目的というよりは発症予防、重症化予防を目的としている。皮下接種ワクチンでは主に血中のIgGの誘導は見られるものの、感染防御に有利な分泌型IgAの誘導は見られない。さらにIgGはサブタイプの違うウイルスに対する交叉防御能が低いため、ワクチン株と流行株に違いがあった場合は有効性が低い。
一方、インフルエンザウイルス感染により誘導される免疫は主に気道粘膜への分泌型IgAでありその有利な点は交叉防御能を持つ感染防御である。また、抗体誘導部位が気道粘膜にとどまらず全身の粘膜で誘導される点も有利な点である。高病原性鳥インフルエンザにおいてはヒトでの感染は呼吸器に留まらず腸管への感染が報告されている。粘膜投与型ワクチンでは腸管での分泌型IgAが誘導可能で全身の粘膜を守ることができる。自然感染粘膜でのIgAを誘導するためには、インフルエンザ感染を模倣する必要がある。そのためには防御を必要とする部位への免疫が必要でその事により最も効果的な免疫誘導を行うことができる。
インフルエンザウイルスの最初の感染部位は上気道であり鼻腔粘膜にワクチン接種をすることにより粘膜へのインフルエンザ特異的分泌型IgAの誘導の試みが考えられてきた3,4。不活化ウイルス抗原からなるワクチンを経鼻接種することにより粘膜免疫を誘導するものであるが、抗原のみを接種しても免疫応答はほとんど見られない。抗原と共に抗原提示細胞を刺激するアジュバントを投与することが必要である。田村らはアジュバントとしてコレラトキシンのBサブユニット(CTB)を用いることにより粘膜表面へのHA特異的分泌型IgAの誘導に成功し、さらにそのIgA抗体がサブタイプの違うインフルエンザウイルスに対する交叉防御に非常に有効で有ることを示してきた。コレラトキシンの毒性をなくしアジュバント作用のみを残した変異体を作成し、有効で安全なアジュバントの開発が行われてきた。しかし、スイスのワクチンメーカーが行った大腸菌易熱性毒素(LT)をアジュバントとして用いた経鼻インフルエンザワクチンの臨床治験において、ワクチン接種後に顔面神経麻痺(ベル麻痺)の発生が見られた。これとワクチンとの関連が否定できないことから細菌毒素系のアジュバントは未だ臨床応用されていない。粘膜投与型ワクチンの開発にはより、安全で効果的なアジュバントの開発が不可欠となっている。
自然免疫(Innateimmunity)とアジュバント作用
粘膜免疫、とくに経鼻接種ワクチンを考える場合、抗原に加え抗原提示細胞の活性化物質であるアジュバントが必要であることを述べてきた。我々はより安全でヒトへの応用をふまえた新しいアジュバントの開発を試みている。獲得免疫を得るためには抗原と共に自然免疫の刺激が必要である。ウイルス感染を模倣することにより感染時と同様に有効な獲得免疫が誘導される事が期待される。そこで我々はウイルスが増殖するときに産生するdsRNAに注目した。合成dsRNAであるpoly(I:C)をA/PR8インフルエンザワクチンと共に3週間の間隔で2回経鼻接種した。最終免疫から2週間後の鼻腔洗浄液中にはHA特異的分泌型IgAが誘導され、血清中には特異的IgGが誘導された。さらにワクチンとpoly(I:C)で経鼻免疫されたマウスは40LD50のウイルスチャレンジ感染に対して抵抗性を示して100%生存し、感染の兆候も全く見られなかった。誘導されたIgAの交叉防御能を見るためサブタイプの異なるA/Yamagata,A/Guizhou、さらにB型であるB/Ibarakiのワクチンを用いpoly(I:C)と経鼻接種を行った。その結果A/Yamagata,A/Guizhouワクチン接種群においては鼻腔洗浄液中のIgAは違うサブタイプのA/PR8に対して高い交叉反応性を示した。さらに、これらのマウスはA/PR8株のウイルスのチャレンジに対し完全防御を示した5。このようにTLR3のリガンドであるdsRNAをワクチンと共に経鼻接種することによりワクチンのみでは誘導できなかった獲得免疫である粘膜免疫を誘導でき、TLR3の刺激がウイルス感染時のNALTでの免疫応答スイッチであることが証明された。
ヒトで使える経鼻ワクチン開発の為にはヒトでの使用に安全なアジュバントが必要になる。我々は内因性のインターフェロン誘導薬として米国で第V相臨床治験が終了している二本鎖RNA製剤Ampli-gen(polyI:polyC12U)に注目した。Ampligenをアジュバントに用い不活化H5N1インフルエンザワクチンと共に経鼻投与することにより、poly(I:C)を用いた時と同等の粘膜免疫応答が誘導されワクチン株(ベトナム株)とcladeの異なるインドネシア株の高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)に対し感染防御が可能であった6。さらに、05/06年のシーズナルインフルエンザワクチンをマウスにAmpligenと共に経鼻接種したところ、亜型の異なる高病原性鳥インフルエンザでの攻撃感染に対し有意に生存率を向上させた7。皮下接種ではこのような効果は認められなかった。今後臨床応用に向けた研究を進めていく予定である。
おわりに
新型インフルエンザに対するワクチンは現行法ではパンデミックが起きた後にしか準備ができない。しかし経鼻粘膜投与型ワクチンの利用によりパンデミック前に有効なワクチンの準備が可能になる。毎年冬に流行を起こすシーズナルインフルエンザについても経鼻粘膜投与型不活化インフルエンザワクチンはその交叉防御及び感染防御型のワクチンとしての有利性があり早期の実用化が望まれる。インフルエンザウイルスの自然感染時に起こる事象を解析することによりその生体応答を利用し安全で効果的な防御が可能になる。自然免疫から獲得免疫まで様々な多重の防御機構が働き一つが破綻してもすぐにバックアップがとられて個体はウイルス感染の脅威から守られている。経鼻粘膜投与型インフルエンザワクチンは生体のメカニズムを利用した新しい感染防御手段となることが期待される。
参考文献
1.Peiris,J.S.etal.Re-emergenceoffatalhumaninfluenzaAsubtypeH5N1disease.Lancet363,617-9(2004).
2.Diebold,S.S.etal.InnateantiviralresponsesbymeansofTLR7-mediatedrecognitionofsingle-strandedRNA.Science303,1529-31(2004).
3.Tamura,S.etal.Cross-protectionagainstinfluenzavirusinfectionaffordedbytrivalentinactivatedvaccinesinocu-latedintranasallywithcholeratoxinBsubunit.JImmu-nol149,981-8(1992).
4.Tamura,S.I.etal.Superiorcross-protectiveeffectofnasalvaccinationtosubcutaneousinoculationwithinfluenzahemagglutininvaccine.EurJImm-unol22,477-81(1992).
5.Ichinohe,T.etal.Syntheticdouble-strandedRNApoly(I:C)combinedwithmucosalvaccineprotectsagainstinfluenzavirusinfection.JVirol79,2910-9(2005).
6.IchinoheT.etal.IntranasalimmunizationwithH5N1vaccineplusPolyI:PolyC12U,aToll-likereceptoragonist,protectsmiceagainsthomologousandheterologousviruschallenge.MicrobesandIn-fectionSep;9:1333-40(2007)
7.Ichinohe,T.etal.Cross-protectionagainstH5N1influenzavirusinfectionaffordedbyintranasaladministrationofseasonaltrivalentinactivatedinfluenzavaccine.JInfectDis.196,1313-20(2007)
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