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Word Focus TOPページへ戻るNo.102              (第12回トラベラーズワクチンフォーラム報告)
<<トピックス>>    
肝炎ワクチンについて
  国立感染症研究所
  ウイルス第二部   米山 徹夫

 ウイルス性肝炎は起因ウイルスにより、A、B、C、D、Eと5種類のタイプが知られている。A型肝炎は経口感染し、急性の臨床経過を呈し、慢性化しないことが特徴である。血液を介して感染するB型やC型肝炎で問題となる肝硬変、肝癌に移行することはない。A型肝炎は上水道や環境衛生の整備により、B型肝炎は献血のスクリーニングと母子感染予防により、日本ではこの半世紀に大幅に患者数が減少した疾患である。A型B型肝炎も、年間に報告される患者のうち海外で感染する人の割合は10−20%にのぼるので、輸入感染症としての認識が必要である。図1は過去数年間の日本における急性肝炎発生状況で、感染症法により報告された病例数である。我が国ではA型とB型肝炎が大多数を占めていることがわかる。安全で効果的なワクチンがA型は1990年代からB型は1980年代から実用化されているが、A型とB型では感染経路が全く違うため、感染を防ぐ方法は根本的に異なる。

A型肝炎
 A型肝炎は、ピコルナウイルス(picornavirus)に属するA型肝炎ウイルス(HAV)の感染によって、引き起こされる。HAVは直径27nm、球状のRNAウイルスで、エンベロープを持たない。熱、乾燥、酸などに強く、自然環境下で不活化されにくい。患者の糞便中に排出されたウイルスが、水や食材、汚染された容器、手指を介して口から入ることにより感染する。日本や北欧ではA型の患者が極めて少ないが、熱帯、亜熱帯の途上国はHAVが常時伝播しているので、該当する地域への渡航の際には注意が必要である。A型肝炎は子供のうちに感染すると、不顕性で終わるか、発症しても症状が軽い。途上国では子供のうちに感染して、成人に達する前に殆どの人がHAVに対する抗体を獲得する。
 我が国では環境衛生の整備が進み、患者数は大幅に減少した。最近では年300人前後の患者の報告がある。2003年の血清疫学調査では50歳以下の98%は抗体陰性で、日本人の殆どがHAVに感受性である。患者の年齢層は40歳代が最も多く、子供の患者は殆どみられない。成人の感染は多くは顕性であり、半数以上が黄疸を発症する。食中毒として報告された集団発生が2006年に我が国では3件あった。いずれも、飲食店の調理従業員が、黄疸の出現する前に感染を広げていた。海外では汚染された野菜(青ネギ、レタス)、フルーツなどを介して集団発生することがしばしば報ぜられる。潜伏期が長いので、一般に集団発生の原因となったものの特定は困難である。
 A型肝炎の潜伏期は約4週間で、黄疸症状の現れる前に前駆症状として突然の高熱と全身の著しい倦怠感が特徴である。肝機能障害を表すALT値などは他の肝炎より高い傾向にある。通常2ヶ月以内に正常化する。発症前から患者の糞便には多量のウイルスが排出されており、潜伏期における感染拡大が憂慮される。ウイルスの排出は発症時に最多となり、発症後1−2週間で体内から消失する。最近では高感度遺伝子検出法(RT-PCR)により、糞便には平均81日間、血液でも36日間HAVが検出されている。血液を介した感染は経口感染より感染効率がはるかに高く、僅かなウイルス量でも感染するので、注意が必要である。海外では血液製剤等からA型肝炎が感染する例が知られている。
 ヒトのHAVにはT、U、V型の3種類の遺伝子型があり、それぞれA、Bの亜型に分かれる。IA型は世界中に分布していて日本でも良く検出される。IBやVA型は北欧や地中海沿岸諸国に伝播し、VB型は日本に固有の遺伝子型である。日本のワクチン株はVB型のHAV細胞馴化株を培養細胞で増やし、フォルマリン不活化したものである。中和の血清型は単一であるので、すべての遺伝子型のHAV感染に対して効果がある。標準的な3回接種法で十分な抗体価が得られ、長期間防御効果が持続する。HAVの遺伝子型とA型肝炎の重症化(黄疸の期間や、ウイルス排出期間)との関連は認められない。
 日本と途上国とでは衛生環境の水準が違うことを十分に認識し、未加熱の飲食物を摂取しないことが重要である。こうした汚染地域では感染者の多くが無症状もしくは軽症の小児であり、現地での流行状況を把握しにくいことや、汚染された食器類や、プールでの水遊びによっても感染する可能性がある。ネパールを訪れる日本人以外の90%はA型肝炎の予防接種を受けているのに、日本人旅行者の接種率は5%に過ぎないという。渡航前に予防接種を受けておくことが、途上国への旅行者には必要な心構えである。

B型肝炎
 B型肝炎は、ヘパドナウイルス(hepadnavirus)に属するB型肝炎ウイルス(HBV)の感染によって引き起こされる。HBVは直径42nmの球状で、内部粒子である直径27nmのコアとHBs抗原を持つエンベロープが覆う二重構造である。HBV粒子は発見者の名にちなんでDane粒子ともよばれている。HBVは不完全な二本鎖環状DNAをゲノムに持ち、DNAウイルスでありながら、複製過程で逆転写の過程を必要とする。
 感染源は患者及びキャリアーの血液であり、輸血、注射や外科治療などの医療処置、出産、性行為での感染が起こる。感染によって起きる症状は多彩で、非特異的症状(食欲不振、嘔気、倦怠感)から黄疸を伴うもの、時には劇症化することもある。健康成人が感染した場合、感染は通常一過性で終了し、回復後、抗HBs抗体が出現し、宿主は終生免疫を獲得する。しかし、出生時や乳幼児期の感染、あるいは免疫能の低下した状態での感染では持続感染になりやすい。持続感染者(HBVキャリアー)の約90%は無症候で経過するが、約10%は慢性肝炎、肝硬変、一部は肝細胞癌に進展する。
 HBV感染の特徴は、HBs抗原が患者やキャリアーの体内で過剰に生産され、22nmの小型球状粒子として、血液中に多量に存在することである。この小型球状粒子から、血液由来B型肝炎ワクチンがつくられた。B型肝炎ワクチンは母子感染予防、医療従事者の感染予防などに非常に有効である。我が国では献血制度と検査体制の改善で、輸血後肝炎の発生は減少の一途をたどり、現在ではB型肝炎の輸血による感染リスクは十万分の一(0.001%)以下である。近年、我が国の急性B型肝炎は性感染症として位置づけられている。患者は20歳代後半から30歳代後半の男性に多い。
 HBVは、1988年より遺伝子レベルでの分類が行われ、これまでにAからHの8種類の遺伝子型(ゲノタイプ)に分類されている。東アジアではHBV/B型とHBV/C型が多く、欧米ではHBV/A型とHBV/D型が多い。1995年以降、我が国の急性B型肝炎患者は今までみられなかった欧米型(HBV/Ae)の割合が増加しつつあることが指摘されている。HBV/A型に感染すると慢性化する割合が高いことから、今後はHBV/Aのキャリアーの増加が予想される。
 諸外国のB型肝炎対策はWHO主導のuniversalvaccination方式で、すべての新生児や小児を対象に予防接種を行っている。我が国のそれは、HBVキャリアーの母親から生まれた新生児にワクチンを接種する母子感染予防対策(selectivevaccination方式)である。いずれの方式にしろ、HBVの垂直感染は顕著に減少している。B型肝炎ワクチンの問題点は、正規に3回の予防接種を受けてもHBs抗体が産生されないか、産生されても防御レベルに達しない人(non-responder/lowresponder)が5−10%存在することで、これは高齢者に多いとされている。もう一つの問題は、ワクチン接種者の中に、HBs抗体に抵抗性のescapemutantが出現、キャリアー化し、現行のワクチンの効かないmutantHBVが伝播するというものであるが、どの程度の出現頻度かは未だ良く分かっていない。いずれにしろ、HBVキャリアーの撲滅を目指したB型肝炎対策の予防接種効果を妨げるものではなさそうである。
 日本、ヨーロッパ、北米などは感染頻度2%以下の低頻度国である。これに対し、HBVキャリアーが人口の8%以上のいわゆる高頻度国は、アジアとアフリカに集中している。これらB型肝炎の感染リスクが高い地域への滞在では、不衛生な注射、入れ墨、鍼治療、輸血などの医療行為、性行為、カミソリや歯ブラシの共有などによってHBVに感染する可能性があり、そのような行動は避けることが望ましい。しかし、思いもよらぬ怪我やアクシデントに会い、現地での治療を余儀なくされることも考えられ、汚染されたものとの接触をさけられないこともある。特に長期滞在者は予防接種が不可欠である。

おわりに
 途上国の環境はHAVやHBVが蔓延しており、日本よりずっと感染リスクが高い。海外への長期滞在者は健康対策の一環として予防接種等の感染症対 策に関心があるのに、短期間の旅行者は無関心であることが多い。海外旅行は、誰しもエキサイティングな気分(holidayspirit)を味わうことであろう。その油断が、衛生環境が異なる外国での感染リスクを一層高めている。A型肝炎、B型肝炎ともに非常に良いワクチンが実用化されているので、トラベラーズ・ワクチンとしての意識を高める一層の努力が関係者には求められている。

<<トピックス>>    
                         日本脳炎ワクチンについて
                               財団法人 化学及血清療法研究所
                               第2研究部第1研究室  室長  塩先 巧一


はじめに
日本脳炎は東南アジア及びその周辺地域に限局して発生している。その発症率は日本脳炎ウイルス感染者の300〜3,000人に1人と推定されており、多くは不顕性の感染であるが、それでもWorld Health Organization (WHO)の推計によると世界で年間約43,000人が発症し、このうち約11,000人が死亡、約9,000人は回復しても重篤な後遺症に悩まされている。
わが国では新生ブタにおける日本脳炎の感染状況調査が実施されている。この調査によれば、日本は今もなお日本脳炎ウイルスの高浸淫域である。1954年に不活化日本脳炎ワクチンが導入され、1967年以後患者数は激減した。近年では10人以下の低流行状態を維持しており、感染者のほとんどが高齢者である。
2004年7月に急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の重症例が発生した。この症例と日本脳炎ワクチン接種との因果関係が2005年5月に認定され、5例目のADEMの重症例ということで、よりリスクの低いことが期待されるワクチンに切り替えるべきであり、現在のワクチンについては、より慎重を期するため、積極的な接種勧奨を差し控えるべきとの判断が下された。これ以降、3〜4 歳での日本脳炎ワクチンの接種率が激減した。その結果、2006 年度の0〜4 歳における日本脳炎抗体保有状況はでこれまでにない低い割合になっており、細胞培養日本脳炎ワクチンによる積極的な接種勧奨の再開が待ち望まれている。

細胞培養日本脳炎ワクチン
現行の日本脳炎ワクチンは、製造用ウイルス株をマウス脳に接種し、その中で増殖したウイルスをホルマリンで不活化し、ショ糖密度勾配超遠心により精製して、ワクチン抗原としている。細胞培養日本脳炎ワクチンでは、ウイルスの培養基材をこれまでのマウス脳から細胞へ変更した。この培養基材の変更により、第一に、ウイルスに加えて製造に使用する細胞のシードロットシステムによる管理が可能になり、未知の感染性因子の混入リスクを更に低減することが可能になった。第二に、細胞培養技術により供給量の増加にもスムーズに対応でき、将来にわたる安定供給も可能になる。第三に、生きた動物を製造に用いる必要がなくなり、動物愛護にも貢献できるという利点がある。
ワクチンの製造に用いるVero細胞は、既に経口生ポリオワクチンで10億dose、不活化ポリオワクチンで1億dose、狂犬病ワクチンで0.2億dose以上の使用実績がある。一方、製造用のウイルス株は現行ワクチンと同じ製造株(北京株)である。製造用ウイルス株をマイクロキャリアー上で細胞培養により増殖させたVero細胞に接種し、培養上清のウイルス液を現行ワクチンと同様に濃縮・不活化・精製する。その精製不活化ウイルスを更にカラムクロマトグラフィーにより精製して、ワクチン抗原を調製する。
Vero細胞を用いて培養・精製した不活化日本脳炎ウイルス抗原は、電子顕微鏡写真で直径約50nmの球状粒子として観察され、HPLCで単峰性のピークを形成し、宿主細胞由来のDNA含量は100pg/dose以下であった。この抗原を用いて臨床試験を行い、現在は承認審査の段階である

ワクチン接種後の日本脳炎抗体の持続期間
 日本脳炎ワクチンU期接種後の中和抗体価の持続期間を調査した(文献1)。母子手帳によりU期の接種が終了していることを確認した小児のU期接種後約2箇月目及び約38箇月目(第V期接種の約2年前)の血中の中和抗体価を測定した。そして、randomcoefficientモデルにより中和抗体価の減衰速度を計算した。解析に用いた検体数は17検体である。その結果、5年後のV期接種対象年齢における陽性率は82%となり、10年後には53%、さらに15年後には18%、そして20年後には全て陰性になるという推計結果が得られた。
 日本脳炎ワクチンのV期接種は、近年の日本脳炎発症者は主として年間数名の高齢者であること、第V期の予防接種率は約50%であるが10歳代後半の発症者は22年間で1人のみであること、日本脳炎ワクチンの接種により1986年度から2004年度までに100件以上の健康被害の救済認定が行われていることを理由に、2005年7月に廃止になっている。しかし、今回の推計結果は、そのV期接種及びその後の定期的な追加接種の重要性を示唆するものであった。
成人における日本脳炎抗体価
 成人における日本脳炎ウイルスに対する中和抗体価を測定した(文献1)。対象者は、東南アジアへの旅行を計画して日本脳炎ワクチンの接種のために来院した24歳から55歳の38人である。38人中18人については、追加接種後3週目以降の血清も得られたので、ワクチン接種後の免疫応答(中和抗体価)についても解析を行った。
 その結果、今回測定した成人の中和抗体陽性率は約60%であった。これにはV期のワクチン接種、その後の追加接種及び自然ブースターが寄与していると考えられる。2005年にV期のワクチン接種が中止されたので、今後この陽転率は大きく低下する可能性がある。抗体陰性者8名にワクチンを1回接種した結果、全員の陽転が確認された。

トラベラーズワクチンとしての日本脳炎ワクチン
 WHOは、総論としてアジアを旅行する全ての人に日本脳炎ワクチンの接種を推奨するものではないとの考えを示している。その理由として、都市部を短期間旅行する人の日本脳炎に感染するリスクは非常に低いこと、また希ではあるがワクチンの副作用が出る可能性があることを挙げている。その一方で、流行の時期に日本脳炎が風土病になっている地域の田舎でキャンプ、ハイキング及び自転車旅行などの戸外活動を積極的に行う旅行者にはワクチンの接種を推奨している。したがって、旅行する時期及び期間、宿泊の状況及び旅先での過ごし方等を総合的に考慮したリスク評価に基づいて、ワクチン接種の必要性を決めるべきであるというのがWHOの結論である。
 AdvisoryCommitteeonImmunizationPractice(ACIP)の考え方も基本的にはWHOと同様である。ACIPの場合には、さらにワクチン接種を推奨する場合の滞在期間のリスクを1ヶ月間で切り分けて、より具体的な判断ができるようにしている。すなわち、日本脳炎の流行の時期にそれが風土病になっている地域で1ヶ月以上過ごす人は(旅程に田舎への訪問が含まれている場合は特に)、ワクチンを接種すべきであるとしている。また、日本脳炎が風土病になっている地域での滞在期間が1ヶ月未満であっても、流行地域への旅行や田舎で積極的な戸外活動を行う旅行者にはワクチンの接種を推奨している。
 日本の検疫所の考え方はACIPとほぼ同じである。東アジア、南アジア、東南アジアを旅行する人で日本脳炎の流行の時期にそれが風土病になっている地域で1ヶ月以上過ごす人には、ワクチンの接種を推奨している。また、それらの地域での滞在期間が1ヶ月未満であっても、流行地域への旅行や田舎で積極的な戸外活動を行う旅行者にはワクチンの接種を推奨している。

おわりに
 今回の調査では、約40%の成人(24〜55才の日本人)において日本脳炎ウイルスに対する中和抗体価が陰性であることが明らかになった。日本脳炎を発症した場合の予後の悪さや今後ますます低下すると思われる自然ブースター等の状況を勘案すれば、東南アジアの流行地へ旅行する前に、最近ワクチンを接種した人を除いて、日本脳炎ワクチンを接種することが賢明と思われる。

文献1)MotoharuAbe,KenjiOkada,KenshiHayashi-da,FujioMatsuo,KouichiShiosaki,ChiakiMiyazaki,KohjiUeda,andYoichiroKino:DurationofNeutralizingAntibodyTiterafterJapaneseEncephalitisVaccination:Microbiol.Immunol.,51,609-616,2007

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