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はじめに
私は1996年春から2年間、朝日新聞記者として当時の厚生省を担当したことがきっかけで、以来10年以上にわたって保健・医療問題を担当している。医療はそれ単独で存在するわけではなく、常に社会の中にあって、その時代と場所の倫理観、宗教観といったものの制約を受けざるを得ない。それゆえ医療問題は、科学的議論そっちのけで政治的、思想的信念の対立に翻弄される場合がある。さらに専門家の間で意見が分かれることもしばしばあり、どちらの主張が正しいのか、素人にとって判断が極めて困難になる。こういうとき、様々な立場の専門家の意見を聞きバランスの取れた情報を読者に提供することこそ、メディアの役割だろう。しかし「世論」がある方向に向かって大きく動いているとき、その流れに抗して冷静な議論を展開することは、現場の一記者にとって、結構難しいことなのだ。
1.インフルエンザワクチン
結論から言えば、1980年代後半から私が厚生省を担当した96年、97年までの10年間は、予防接種行政にとって「失われた10年」だったのではないか。
私の手元に、廣田良夫・大阪市立大教授らによってまとめられた「先進22カ国におけるインフルエンザワクチン配布用量の経年変化」というグラフ(「からだの科学」210号、66頁)がある。これを見ると一目瞭然。日本の配布用量が87年から激減し始め、94年にはゼロに近くなってしまうのに対し、他の21カ国は、ドイツやスイスを除き全く正反対のカーブを描いている。
一体何が起きたのかと調べてみると、87年6月に、厚生省の「インフルエンザ流行防止に関する研究班」が報告書を出していた。今、冷静にこれを読めば、報告書がインフルエンザワクチンを接種された個々人に対する効果と、小中学生への集団接種によってワクチン接種を受けなかった人も含めた地域社会全体への流行防止が図れるとする「集団免疫効果」とを分け、後者の効果については「確実に判断できない」と否定したものの、被接種者への個人効果を否定したものではないことが分かる。ところが報道はどうだったか。例えば「だれのためのワクチン注射か」と題したある新聞の社説は、「健康な子供たちに(ワクチンの)接種を義務づけているのは日本だけ。諸外国はなぜ義務づけないか?必要性が乏しく効果がないからだ」と述べ、ワクチンの効果を全否定してしまっている。当時、予防接種禍訴訟の判決が相次だ。「予防接種=悪」という世論が形成され、各種メディアもその流れに乗ったのだろう。
そして94年には予防接種法が改正されインフルエンザは対象疾患からはずれてしまい、高齢者などリスクの高い人たちへの接種の必要性もほとんど顧みられなくなってしまった。こうした状況は97年まで続いたのである。私が「失われた10年」と呼ぶゆえんだ。
96年末から97年にかけての冬は、10年ぶりにインフルエンザの大流行となった。そして日本のメディアはようやくこのとき、高齢者にとってインフルエンザは大きな脅威であることと、ハイリスク者へのワクチンの重要性に気づいたのだった。
97年1月17日付朝日新聞夕刊に「インフルエンザ?/17人死亡/肺炎など併発/岩手県内の特養など」という記事が出た。これを皮切りに、全国各地の高齢者施設でのインフルエンザ集団感染が次々と報道され、一種の社会問題化した。「欧米では、インフルエンザは『老人の命の最後のともしびを消す病気』とまでいわれる」とか「インフルエンザはMRSAよりはるかに怖いのに、危険性が認識されていない」というような医師のコメントも紙面で紹介されるようになった。ある新聞のコラムは「特別養護老人ホームなどで、無防備なままにインフルエンザで亡くなる人が続いている。欧米では『老人の命の最後のともしびを消す病気』と警戒され、お年寄りのワクチン接種率も高いというのに」と嘆いた。しかしその責任の一端は、10年前の報道にもあるのではないだろうか。
2.ポリオ生ワクチン
96年のある日、私は、たまたま手にした国立予防衛生研究所(現・感染研)の病原微生物検出情報に載った短信記事を目にした。「長崎県の30歳代の男性がポリオを発病した疑いがある」という記事だった。ポリオの生ワクチンの接種を受けた子供から父親に2次感染した疑いが濃厚だという。保健所への届出が遅れ男性から直接ウイルスを検出することができなかった。そのため学術的には重要な情報とまではいえなかったのだろう。だから「検出情報」では、小さな短信記事扱いにしかなっていない。しかし私の新聞記者としての「カン」が騒いだ。
急いで取材してみると、さらに興味深いことが分かった。当時ちょうど20歳前後になる世代で、ポリオに対する抗体が十分にできていない人が3割に達することが明らかになったばかりだった。どうやらその世代が受けた生ワクチンの品質が悪かったらしい。厚生省と予研は96年3月に出した報告書でこんな警告を発していた。「彼らが親となり、その子供が生ワクチンの投与を受けた場合、接触感染の機会は今までよりはるかに大きい。早急に対策を立てるべき時が来ている」はっきり危険を指摘していたのだ。長崎のケースは、まさにその危険が現実のものになったといえる。私のカンは大当たりだった。
「他社の記者に気付かれる前に記事にしなければ」と大急ぎで取材を完了し出稿した。結果は、朝刊の1面トップ(96年9月26日付)だった。当時、薬害エイズ問題で、厚生省は内外の専門家が発した危険信号をどうして素早くキャッチできなかったのかと責められていた。「今回も同じではないか」と私は感じた。自分たちが報告書ではっきり警告を発していることが実際に起きたかもしれないのに、関係者がだれひとりその重大性に気付かない。厚生省、都道府県の衛生部局、保健所、予研、それら相互のネットワークはどうなっているのかと思った。
ところがこの話には続きがある。
その後長崎のケースと同様の事例が相次ぎ、国は生ワクチンから不活化ワクチンへと転換を図った。しかし2004年、「日本ポリオ研究所」が提出した治験データがあまりにもずさんで、審査当局から「やり直し」を命じられることになった。当時審査センターにいた技官に事情を尋ねると、「新GCPの基準からすると論外としかいえないような治験をやっている。ただ、日本ポリオのような小さなメーカーを責めるのは気の毒だ」とその技官は言った。「ワクチンは国策でしょう。不活化ワクチンに転換するというなら、感染症の担当課が責任を持ってメーカーを指導し、きちんとした治験を行わせる位のことはやっていいはずです」
先ほど薬害エイズの教訓に触れたが、ここでもまたその教訓が生かされていないのではないかと思わざるを得なかった。つまり、感染症を担当する部局と新薬の承認審査を司る部局との連携不足だ。当時厚生省の感染症対策の担当者は「治験やり直し」について「とても残念だ」と新聞にコメントしていた。当事者意識が欠落しているとしか言いようがない。
3.専門家に望むこと
私自身が実際に報道にかかわったインフルエンザとポリオのワクチンの問題を例に、メディアと行政の問題点を指摘してみた。最後に、ワクチンに関係する臨床医と研究者の責務について、僭越ながら考えてみたい。
ワクチン政策をめぐり、医師の間でも意見が分かれるような事態になった場合、専門家としての責任で、その時点での最新の知見をもとに何が正しいのかをできるだけ速やかに世間に伝えることができる、そういう態勢を整えていただきたい。できれば審議会のような役所主導の組織ではなく、専門性という権威に裏付けられた、独立した諮問委員会がよいのではないだろうか。現在、日本版ACIP(Advisory
Committeeon Immunization Practices)の創設に向けた議論がなされていると聞く。その動きに期待したい。
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