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Word Focus TOPページへ戻る  No.93   (第10回トラベラーズワクチンフォーラム報告)
<<トピックス>>
   スポーツ選手の海外遠征時における健康管理
    −陸上競技日本代表選手団帯同ドクターの役割−

丸紅健康開発センター所長
日本陸上競技連盟医事委員会委員長 山澤 文裕

1.スポーツメディスンにおけるトラベルメディスン
 日本代表選手の究極の目的は世界の頂点をめざし、メダルを取ることである。オリンピックや世界選手権のような世界最高レベルの競技会においては、参加標準記録が定められており、出場する選手の競技力は非常に拮抗し、紙一重の差でしかない。そのため、競技会当日の体調によっては、十分なパフォーマンスを発揮できず、勝てる試合を落とすこともありうるし、逆の場合も十分にありうる。わが国においても選手の体調、競技力を維持するため、スポーツメディスンに精通したメディカルスタッフによるサポートは必要不可欠なものと考えられるようになった。そして、現在は海外での競技会においてはスポーツメディスンに加え、宿舎環境、食生活、感染症、時差、航空機での移動など、選手の体調維持、健康管理に関するすべてにトラベルメディスンの知識が必要となり、トラベルメディスンを理解し、積極的に活用しなければならない時代である。現地で感染症や疾病に罹患した際の対処や、選手団への伝播防止など、リスクマネージメントの一環としてもトラベルメディスンの重要性が指摘される。スポーツメディスンとトラベルメディスンは非常に密接に絡んでおり、日本代表選手団にメディカルスタッフが帯同する積み重ねが、次の海外遠征への重要な資料となり、さらなるステップアップに繋がる。
 日本陸上競技連盟(以下、陸連)医事委員会は帯同ドクターマニュアルを独自に作成し、1年間に4〜5回程度、日本代表陸上競技選手団に帯同ドクターを派遣している。陸上競技選手団に対して行なっているメディカルサポートと帯同ドクターの役割について解説する。

2.帯同ドクターの役割と事前準備
 陸上競技選手団を派遣する競技会には、日本オリンピック委員会(JOC)が派遣するオリンピック、アジア大会のような総合競技会と、陸連が派遣する世界選手権、アジア選手権のような陸上競技会がある。前者の場合、アクレディテーション(AD)カード枚数に制限があり、帯同ドクターはADカードの入手が困難な場合もあり、十分なメディカルサポートを行ない難い。後者の場合、帯同ドクターはADカードを入手でき、選手村、競技場を問わず、充実したメディカルサポートを行なうことが可能である。
 帯同ドクターはメディカルサポートを充実させるため、周到な事前準備を行なう。
1) 事前調査
 大会組織委員会ウェブサイトよりチームマニュアル、メディカルマニュアルを入手し、大会の運営状況を確認する。また、事前現地調査が行なわれていれば、食事、宿泊施設、マーケット、安全性などに関する情報を入手する。大会によってはJOCもしくは陸連を通じて医師免許証のコピーを提出する。海外医療情報ウェブサイトより、過去数年間の気候、気温、湿度、雨量、感染症、検疫情報、医療機関、ワクチン接種の必要性の有無などを確認する。
2)代表選手の健康情報の収集
 国立スポーツ科学センタークリニックにて定期的に受けているメディカルチェックの結果を、陸連医事委員会を通して入手する。また、健康状態・常用薬・サプリメントに関するアンケート調査を実施し、必要に応じて主治医と連絡を取り合う。アンチ・ドーピングハンドブック「クリーンアスリートをめざして」を配布し、アンチ・ドーピング教育を行なう。選手団役員や支援コーチの健康状態も把握し、持参薬物に関する調査を行ない、それに基づき選手指導を行なう。国内で選手団の事前合宿がある場合、帯同ドクターは選手の体調確認のため視察に行く場合もある。
3)治療目的使用の適用措置(Therapeutic Use Exemption)
 世界アンチ・ドーピング規程は、禁止薬物の治療目的使用の適用措置(TUE)を認めている。国際大会に出場する選手の場合、申請書を国際陸上競技連盟へ提出するため、選手、主治医と連絡を取り合う。吸入ベータ作用薬を使用する場合、気道過敏性試験が必要になるため、検査項目をアレンジする。
4)医薬品、医療器材の準備
 国や大会が医薬品の持ち込みを制限することがある。事前に持参医薬品類のリストを大会組織委員会へ英文で提出する。コピーを保持し、通関時に利用する。
5)その他の準備
 これまで陸連が実施したワクチン接種は、シドニーオリンピック直前のインフルエンザワクチン接種のみで、A型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病などに対するワクチン接種の実施はない。また、マラリア予防内服療法を実施した経験はないが、これは抗マラリア薬の副作用によりパフォーマンス低下が招来される恐れがあること、短期間の滞在であること、が理由である。
 時差対策もパフォーマンス維持のために重要である。10時間の時差で生体の諸機能が現地時間に同調を開始するのが現地到着後4〜5日後で、同調の完成には8日かかるとされる。パリ世界陸上の場合、時差は7時間で競技初日の5日前に、ジャカルタアジアジュニア陸上の場合、4日前に日本を出発した。
 競技会ではファーストエイド以外の医療費は、個人もしくは選手団負担となるため、JOC派遣大会、陸連派遣競技会にかかわらず、選手団全員が海外傷害保険に加入している。

3.現地での医事活動
1)メディカルエリアの確保
 充実したサポートを行なうため、メディカルルームとトレーナールームを別途設営する。ドクターの居室をメディカルルームとして用いることが多いため、私物を広げないように注意する。選手の状態確認のため、トレーナーやコーチ陣との連絡も十分に行なう必要があり、インターネット接続の確認、携帯電話をレンタルする。
2)滞在宿舎と環境の確認
 選手団が滞在する宿舎は清潔で、害虫や蚊に悩まされることは少ないが、エアコンの向き、音、室温なども含め各部屋の状況について一通り確認する。また、宿舎の水道水を飲まないこと、食事は宿舎内で摂り外食を控えること、大気汚染、天気予報について全体ミーティングで伝える。WBGT(wet bulb globe temperature)計を用い熱中症を予防し、選手の体調維持管理には積極的にかかわる。また、選手村メディカルサービスについて確認する。
3)競技会における医療体制の確認
 大きな競技会では競技会前日にチームメディカルミーティングが実施される。競技場のみならず練習場、ウォームアップ場でのメディカルサービスやアンチ・ドーピング体制について確認できる非常に重要なミーティングであり、必ず参加する。他国のメディカルスタッフの質問は参考になることが多い。現地で必要になったTUE書類を提出する。
4)メディカルサポートの実際
 帯同ドクターも選手もお互いに遠慮しがちであるが、選手と24時間一緒に生活していることのメリットを生かし、トレーナールーム、競技場、練習場、ウォームアップ場などで、できるだけ多くの時間を過ごし、選手、指導者と個人的信頼関係を作る。待ちの体勢ではなく、一緒にいればいるだけ活用されるよう、積極的に活動する。これまで言われてきた「帯同ドクターの仕事は何も無いことが最高」というセリフは、過去のものである。
 選手にみられる内科的症状は発熱、カゼ、下痢で、特にジュニア選手に多い。東南アジアでの競技会では高頻度に起こり、点滴を必要とすることもしばしばある。対照的にヨーロッパ、オーストラリアではこれらの疾病はほとんどみられない。整形外科的には慢性障害の急性増悪や肉離れ(筋断裂)がみられる。
 体調不良者の競技会出場可否について、帯同ドクターは医学的所見に基づいた意見を述べるが、最終的には選手団監督が判断する。
 選手がドーピング検査対象となった場合には、選手に検査室まで同伴し、検査手続きを確認する。最近は尿検査のみでなく血液検査や競技会前検査も行なわれるため、帯同ドクターは競技規則に精通していなければならない。
5)メディカルスタッフとの交流
 競技場メディカルセンターや選手村メディカルセンターを訪問し、現地メディカルスタッフと交流し、国際的ネットワークを構築することは帯同ドクターの業務として重要である。

4.帰国後の活動
 帯同ドクターは選手団と一緒に帰国し、体調不良者をフォローアップする。帰国後に感染症が明らかになった場合、陸連より選手団へ連絡する。これまでは、マラリア、デング熱、チフスなどの重大な感染症を経験していない。
 帯同ドクターは報告書を作成し、陸連医事委員長へ提出する。この報告書は特段のことがなければ、原文のまま陸連ウェブサイトで公表されている。

5.まとめ
 日本代表陸上競技選手団帯同ドクターの役割を解説した。選手団に対して十分なメディカルサポートを行なうには周到な準備が必要であり、現地においてもまた帰国後も、スポーツメディスン同様にトラベルメディスンを活用することが非常に重要である。今後、日本代表選手団に対する予防接種、マラリア予防内服薬のあり方などを専門の方々から意見をいただき、充実させていきたい。

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