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Word Focus TOPページへ戻るNo.92
<<トピックス>
触れ合い動物園と微生物感染
       国立感染症研究所 
             名誉所員 北村  敬

 ヒトと動物との接触は多くの場合、精神的、情緒的に好ましい効果をもたらし、多くの動物飼育施設、展示施設で、ヒト、特に小児と動物が触れ合える事を積極的に推進しているが、多くの動物が自らは無症候ないし軽症で、ヒトに伝播されると重症の疾患を起こす、いわゆる人獣共通感染症病原体を保有している。ヒトと動物の触れ合いは、多くの利益をもたらすが、感染症の伝播、狂犬病ウイルスへの曝露、創傷、その他のヒトの健康上の問題を持つ可能性を忘れずに配慮して対処しなくてはならない。
 1997年、筆者が富山県衛生研究所に在任した当時、畜産農家の牛を預かって夏の間だけ放牧し、一部観光に開放されていた県東部のN牧場に関連して小児の腸管出血性大腸菌O157:H7感染が起こった。同年6月20−22日の期間、県西部のKs町に住む2歳の女児(A)と東部のNz町に住む2歳の男児(B)が、下痢、腹痛、血便などで発症し、受診した旨夫々の地元の医療機関から、地元の保健所に届けられ、県衛生研究所で両症例より同一のDNA型の大腸菌O157:H7が検出された。両症例の共通点は、6月15日の日中、11−15時の間に、県東部のN牧場を、別々に、家族と共に訪れ、牧場内のレストランで食事をしている事であった。更に、両児共、上記時間内に同牧場にある4棟の牛舎のうち、牛舎1(1−8ヶ月齢の子牛育成舎)に入り、子牛や鉄柵に触れていた事が判明した。他に患児AとBに共通している接点はなかった。6月8−30日の期間、N牧場のレストランの利用者は1,200人以上であったと記録されているが、この期間、富山県内でO157感染者の届け出は、A、B両患児以外になかった。
 N牧場の所在地を管轄するKb保健所及び家畜保健衛生所が、県衛生研究所と協力して、N牧場の疫学調査を行い、レストハウスの従業員計151名の糞便、レストハウスの食材(肉、アイスクリーム等)、飲料水合計135件、レストハウスや牛舎の拭き取り材料84件、牛舎1−4に収容されていた牛240頭(うち子牛80頭)の糞便について細菌検索が行われ、牛舎1の床面拭き取り(C)、同牛舎の子牛55頭の中の1頭(D)、患児A, Bが立ち入りしていない牛舎2−4の牛185頭中の子牛1頭(E)から大腸菌 O157:H7が分離され、分離菌5株(A−E)は何れも、毒素(VT1, VT2)及びeae A遺伝子、生物型(3)、ファージ型(1)、86種の抗菌薬感受性(感受性61、耐性25)が同一で、DNAのpulse field電気泳動(PFGE)像で極めて近縁であった。
 患児AとBが同じ時間帯に、同じ牛舎に入った疫学的事実、PFGE像が同一株に由来する菌の変異の範囲内にある事等より、N牧場におけるO157保有牛の汚染菌が、動物との触れ合いを通して感染したものと推定され、N牧場では、乳酸菌の投与による汚染牛の除菌処置、来場者に対する注意事項の掲示、生産・触れ合い・飲食の各ゾーンの分離等の対策を実施した。本事例は、病原微生物検出情報に発表される(1)と共に、要旨が英訳され、CDCに通報され、触れ合い動物園における微生物感染のリスクが警告された。
 富山県の例は、国際的にも有名になり、米国内では触れ合い動物園の規制はなされていなかったが、CDCを中心にO157を含めて、動物との触れ合いに基く感染伝播のリスクの予防が検討され、2005年に、CDCは州公衆衛生獣医全国協議会(NASPHV)と協力して、ヒトと動物の触れ合いの意義を積極的に評価しつつ、触れ合いに関連して起こる可能性のある疾患の伝播を予防するための指針を作成し、それの遵守を勧告した(2)
 同指針によれば、動物との触れ合いに関連して、過去10年間に起こった感染症の流行発生には多くの病原体が関与し最も多いのが大腸菌O157:H7,サルモネラ、Coxiella burnetti、結核菌、白癬菌等であり、このような事例が起こると適切な対応が必要になる。米国では、野生動物の狂犬病も残っているので、狂犬病ないしその可能性のある動物に触れると、広範囲の公衆衛生的調査と対応措置が必要になる。同指針は、公衆衛生関係者、獣医、動物公開施設運営担当者、動物展示業者、動物公開と展示の会場への来訪者、その他の疾患制圧担当者、予防接種担当者等に、公開の条件下での動物の持つリスクとその予防法を勧告するもので、その最も重要なものは、手洗いで疾患伝播のリスクを減ずる事である。次いで、動物区域とヒトの飲食する食品を販売する区域を分けること、動物の飼育と管理を適切に行い、感染動物を公開の場に出さないようにする施策が勧告されている。さらに、公開施設の運営者、展示担当者、来訪者に、動物との接触に伴う疾患伝播の可能性を正しく理解させ、対処させる教育が必要であるとする。大筋において、富山の教訓と対応の例が生かされた構成になっている。
 上記の予防指針が勧告された時期にほぼ重複して、2004−2005年の期間に、ノースカロライナ、フロリダ、アリゾナの3州で、農業祭の仮設動物園、常設の触れ合い動物園を舞台に、大腸菌O157:H7感染が起こった(3)。ノースカロライナ州では症例108例、そのうち15例が溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症した。フロリダ州では症例63例(HUS 7例)、アリゾナ州では2例が報告された。死亡者はなく、罹患者は専ら、行事ないし施設を訪れて、動物に触れた小児であった。ノースカロライナ州とフロリダ州では、同一の動物展示業者が請け負って開設した農業祭関連の仮設動物園、ノースカロライナ州2施設、フロリダ州3施設で、ヒツジ、ヤギ、子牛等に触れ、あるいは動物園周辺の地面で遊んだ小児が感染していた。展示された動物の個体別の細菌学的調査は行われなかったが、施設内及び周囲の地面の広範囲のO157汚染が証明され、環境及び発症した小児からの分離菌のDNAのPFGE型は一致した。アリゾナ州の2例は、同一の常設触れ合い動物園に入場し、1例は動物に直接触れ、1例は、周囲の地面、施設内の資材搬送用レールの表面等に触れていた。施設内の動物25頭中15頭(60%)の糞便にO157が証明され、PFGE型は何れも患児からの分離菌と一致した。
 今次事例の発生に対応して、ノースカロライナ州農業・消費者局(NCDACS)は、前述の予防指針を適用すると共に、州議会では2005年7月に法律を制定して、公共に公開される動物展示にはNCDACSの許可を義務づけた。
 上記事例の他に、我が国では2006年に新潟県で、小学校が教育活動の一部として生徒に飼育させていた2頭のヒツジから、交代で世話している1年生の児童の1名がO157に感染し、ヒツジ2頭のO157保有と家族4名のO157感染が発生し(4)、また米国ではヒツジの飼育に従事していた農家の家族(成人、小児)がパラポックスウイルス属のオーフ(orf,羊痘)に感染し、潰瘍性病巣を呈する事件が4州で4件、独立に発生して、農業祭その他でのヒトと動物の触れ合いに伴う感染の予防が改めて問題となっている(5)
 我国でも、動物との触れ合いを、特に小児向けに、提供する施設に対し、感染予防の見地から規制する、ないし安全管理の確保を制度化することを考える必要があろう。

引用文献
1)刑部陽宅、平田清久、田中大祐、北村敬、園家敏雄、島田賢三、飯田恭子、布野順子,木屋昭、加藤一之;牧場牛舎における腸管出血性大腸菌O157:H7感染例について―富山県。 病原微生物検出情報、Vol.19, No.1 (January,1988) 9 10.
2)National Association of State Public Health Veterinarians,Inc.(NASPHV) ; Compendium of measures to prevent disease associated with animalls in public settings,2005. Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR), Vol.54,No.RR-4, March 25,2005, 1−12.
3)CDC; Outbreak of Escherichia coli O157:H7 associated with petting zoos −North Carolina, Florida, and Arizona, 2004 and 2005. MMWR, Vol.54, No.50, December 23, 2005, 1277−1280.
4)西脇京子、峯田和彦、渡邊和伸、吉岡丹、木村有紀、明田川二郎、佐々木寿子;学校で飼育していた羊から腸管出血性大腸菌O157の感染が疑われた事例−新潟県  病原微生物検出情報、Vol. 27,No. 10(October,2006)265−266
5)CDC;Orf virus infection in humans−New York,Illinois, California, and Tennessee, 2004−2005. MMWR, Vol. 55,No. 3, January 27, 2006, 65−68.

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