はじめに
デング熱・デング出血熱は、ヤブ蚊属のネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるデングウイルスの感染症である。デングウイルスはフラビウイルス科フラビウイルス属に属し、4種の型が存在する。非致死性の熱性疾患であるデング熱と、重症型のデング出血熱やデングショック症候群の二つの病態がある。日本人海外渡航者が熱帯、亜熱帯地域で感染する機会は多く、輸入感染症例は増加傾向にある。デング熱は我が国で1942年から1945年にかけて、長崎・佐世保・広島・呉・神戸・大阪で流行した。現在、日本国内にはウイルスは常在せず国内での感染はないが、毎年数十例の輸入感染例が報告されている。2005年には73例の報告例があり、1例の死亡症例があった。
1.病原体と媒介蚊
デングウイルスは、日本脳炎ウイルスと同じフラビウイルス科に属するウイルスで、直径40〜60nmのエンベロープを有する球状粒子であり、内部に直径約30nmのコアを有し、ゲノムは1本鎖線状のRNAである。1型から4型までのウイルスが存在し、一部共通抗原をもち血清学的に交差反応を示すが、異なる型のウイルスに対する感染防御能は低い。たとえば1型ウイルスに感染した場合1型に対しては終生免疫とされているが、他の血清型に対する交叉防御免疫は数ヶ月で消失し、その後は他の型に感染しうる。この再感染時に、デング出血熱を発症する確立が高くなるといわれている。
自然界ではカ→ヒト→カの感染環が成立しており、日本脳炎ウイルスにおけるブタのような増幅動物は存在しない。サルが感染してもウイルス血症を起こすことはあるが、脊椎動物の中ではヒトがもっとも感受性が高く、増幅動物でもある。主要な媒介蚊はネッタイシマカ(Aedes
aegypti)である。ネッタイシマカの飛翔距離は短く数十から数百メートル/日程度である。人家の内外の人工容器内のたまり水で発生し、卵は乾燥しても再び水を得ると孵化する。ウイルスに感染したカは生涯ウイルスを保有する。一方、ヒトスジシマカは日本国内に広く生息しており、その北限は秋田県や岩手県に及んでいる。
2.疫 学
デングウイルスは熱帯・亜熱帯のほとんどの国に存在する。特に東南アジア、南アジア、中南米で大きな流行を繰り返している。近年の流行としては、ブラジルで2001-2002年に大きな流行があり、患者数はそれぞれ41万人、78万人であった。東南アジアでは、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどで毎年患者が1万人を超す流行がおこっている。また、東南アジアの近代的都市のひとつであるシンガポールでは徹底した媒介蚊対策が実施され、デングウイルスを駆逐したかに思われたが、ネッタイシマカの根絶には成功しておらず、2004年以降再びデング熱の大きな流行が発生している。また、2001−2002年にかけて、ハワイ諸島のマウイ、オアフ島で60年ぶりにデング熱が流行したがこれはヒトスジシマカによる流行であり、ウイルスはタヒチで感染したマウイ島の住民が持ち帰ったウイルス(1型)であることが判明している。近年、台湾南部でデング熱が国内発生し、2002年には15,000人に及ぶ流行を来たした。媒介蚊は定着したネッタイシマカで、積極的な蚊対策にもかかわらず駆逐されていない。
3.臨床症状と診断
a)症状
症状を示す患者の大多数はデング熱と呼ばれる非致死性の急性熱性疾患の症状を呈する。発熱・発疹・痛みが三主徴である。感染3〜7日後,突然の発熱で始まり、頭痛特に眼窩痛・筋肉痛・関節痛を伴うことが多く、食欲不振、腹痛、便秘、下痢を伴うこともある。発熱のパターンは二峰性になることが多い。発症後、3〜4日後より解熱傾向とともに胸部・体幹から始まる発疹が出現し、四肢・顔面へ広がる。一方デング出血熱は、デングウイルス感染後、デング熱とほぼ同様に発症し経過した患者の一部において突然、血漿漏出と出血傾向をきたす。このような重篤な症状は解熱傾向がみられたときに起こることが特徴的である。患者は不安・興奮状態となり、発汗がみられ、四肢は冷たくなる。極めて高率に胸水や腹水がみられる。また、肝臓の腫脹、補体の活性化、血小板減少、血液凝固時間延長がみられる。細かい点状出血が多くの例でみられる。さらに出血熱の名が示すように、10〜20%の例で鼻出血・消化管出血等がみられる。出血機序の本態は血漿漏出である。デング出血熱は適切な治療が行われないと致死的な疾患である。
b)実験室診断法
デングウイルス感染症の実験室診断法は、病原体診断法と血清学的診断法に大別される。病原体診断法としては、ウイルス遺伝子検出とウイルス分離である。血清学的診断法としては、血清診断ではIgM捕捉ELISAによるIgM抗体の検出を行う。急性期に比し回復期における特異中和抗体価、HI抗体価の上昇によっても診断は可能である。ただし、日本脳炎ウイルスに免疫を有する多くの日本人においては、デングウイルス感染により、日本脳炎ウイルス抗体価も上昇する場合が多いので注意を要する。
4.予防とワクチン開発
デングウイルスには1型から4型まであるので、これらすべてに対して防御可能な免疫を誘導する必要があるというのがデング熱ワクチンの非常に難しいところで、もしワクチン接種者においてすべての型に対して同じようなレベルに抗体が上昇しない場合、ワクチン接種によりデング出血熱が多発する可能性が高くなる。しかも、東南アジアとか南アジアなど発展途上国で普及させるためには安価でなければならない。デング熱ワクチンは、現在主として生ワクチンが開発中である。現在、臨床試験段階のものもあるが、小児を対象とする臨床試験の段階にはない。近い将来第3相試験において有効性が検討されるであろうが、「それをどの国で行なうのか」、その評価を「デング出血熱患者の減少で調べるのか」などの問題点が残されている。また、デングワクチンを接種された人たちにおいて将来デング出血熱の発生が増加しないことを確認する必要もある。
一方、媒介蚊対策もその効果は一時的であり、現状では個人レベルで蚊に刺されないようにすることも重要である。ネッタイシマカは昼間に吸血する。午前中は夜明けから数時間、午後は日没前数時間に最も活発になる。この傾向はヒトスジシマカも同様である。ネッタイシマカの場合は、室内で活動することも多く、この場合一日中活動する。シンガポールでの徹底した媒介蚊対策にもかかわらず、ネッタイシマカの根絶には成功しておらず、媒介蚊対策や個人レベルでの蚊対策にも限界がある。早期のワクチン実用化が望まれるところである。
さいごに
わが国の輸入デング感染症例は、渡航先の海外の流行状況を反映していることが多く、原因ウイルスの情報などを迅速に流行地に還元できる場合がある。国内へのデングウイルス進入防止だけでなくこういった面からも輸入デングウイルス感染症の診断は重要である。医療機関において単なる発熱性疾患として実験室診断をせずに放置されないことが望ましい。また、近年の輸入症例の特徴として東南アジアや南米出身の親を持つ小児のデング熱症例も報告されるようになり、我国では少子化にともなう海外からの労働力の侵入がデングウイルスのわが国への進入リスクを高める事態も危惧される。
|