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Word Focus TOPページへ戻るNo.84
<<トピックス>
食由来微生物感染症と食の安全

共立薬科大学特任教授
東京医科大学兼任教授 中 村 明 子

                

はじめに
 私たちは自然災害など、常にリスクと隣り合って生活しているが、食品にもリスクがあることを認めている人は少ない。食品の生産段階で、あるいは流通段階で微生物汚染のリスクをゼロにすることはむずかしいが、リスクの程度を理解し、危機を回避するために努力し、危機が起こったときにはその影響をできるだけ少なくすることが大切である。
 食品による事件・事故の多発は食生活や社会構造の変化と無関係ではない。第一は輸入食品の増加である。わが国では日常口にしている食品の6割を海外からの輸入に頼っている。厚生労働省の輸入食品監視統計によると、2004年の輸入食品の届出重量は3427万トン、届出件数は179万件に上っている。件数の増加は輸入食品が小口化、多様化しているためであり、これらの食品が輸出国でどのように生産され、加工され、流通しているのか、すべてについて把握するのはきわめてむずかしい。
 第二は食品の大量生産、大量流通および集中化が進んでいることである。大規模な食品の取扱いは、一旦事件が起こると被害者の数も膨大になる。1996年の学校給食による腸管出血性大腸菌O157食中毒事件では、約8000名の児童が罹患し5名が死亡した。この事件では学校給食に共通に用いた食材が、生産段階において汚染されたためであろうと推察された。2000年の乳飲料によるぶどう球菌食中毒事件では、約13000人が罹患した。乳飲料の製造・加工工程において、停電というアクシデントにより乳飲料中でぶどう球菌が増殖し、耐熱性のエンテロトキシンが産生されたためであった。
食中毒発生状況
 厚生労働省の食中毒統計によると、平成17年の発生総数(速報値)は、件数、患者数ともに平成16年に比べて減少した(表1)。細菌性食中毒では発生件数は平成16年の1152から平成17年の1065に7.5%減少したが、一方、患者数は13078から16678に3600人(27.5%)増加した。ウイルス性食中毒では、発生件数は平成16年277、平成17年275とほぼ同数であったが、患者数は12537から8728へ3809人(30.4%)減少した。
 食中毒の発生件数を月別にみると、細菌性食中毒では100件を超す発生が6月〜9月にみられ、ウイルス性食中毒では50件を超す発生が1月と12月にみられた。月別患者発生数によると、1500名を超す患者発生は、ウイルス性食中毒では平成16年は1月、3月、12月に、平成17年は1月と12月にみられた。一方、細菌性食中毒では平成16年は7月〜9月に、平成17年は5月〜9月にみられた。細菌性食中毒は夏季に、ウイルス性食中毒は冬季に多発しているのが明らかである(図1)。
 病因物質別に平成16年と平成17年の食中毒発生件数を比べると、減少したのはサルモネラ属菌、腸炎ビブリオ、セレウス菌で、増加したのはぶどう球菌、腸管出血性大腸菌、カンピロバクター・ジェジュニ/コリであった。とくにカンピロバクターは558件から645件に15.6%の増加がみられた(表1)。
 平成17年の食中毒発生の病因物質別割合を事件別、患者別に図示した。事件別では、カンピロバクター食中毒が最も多く48%、次いでノロウイルス20%、サルモネラ11%、腸炎ビブリオ8%、ぶどう球菌5%など、細菌による食中毒が全体の80%を占めた(図2)。
 患者別では、ノロウイルス食中毒が最も多く34%、次いでサルモネラ15%、カンピロバクター14%、ウエルシュ菌10%、腸炎ビブリオ9%、ぶどう球菌8%、病原大腸菌7%であった。

食由来感染症―感染型食中毒の増加
 従来の食中毒は食品中で増殖した多数の細菌あるいは毒素を食品とともに摂取した結果、発病するものが大部分であった。しかし、最近は感染型の食中毒が増えている。感染型の食中毒は飲食物とともに摂取された少数の微生物が体内−特に腸管で増殖し症状を表す。細菌性食中毒発生数の上位を占めているカンピロバクターやサルモネラ・エンテリテイデイス、ウイルス性食中毒のノロウイルスなども感染型の食中毒である。平成9年にはノロウイルスが食中毒の原因微生物に加わり、平成12年には2類感染症の赤痢菌、チフス菌、パラチフス菌、コレラ菌や3類感染症の腸管出血性大腸菌(O157)が食中毒の病因物質に加えられた。また、新たな食由来感染症としてE型肝炎ウイルスも視野に入れなければならない。これらの経口感染症は、いずれも10〜100個の少数で感染が成立する。
 そして、食品や水介して感染し、発病した場合は「食中毒」と呼び、食品や水が介在せず、ヒトからヒトへ感染し、発病した場合は「感染症」として区別されている。しかし、病原微生物がウイルスであろうと細菌であろうと、また、少数菌による感染型食中毒であろうと、食品中で菌が多量に増殖した結果おこる食中毒であろうと、食中毒の原因の多くは糞便由来の病原微生物による食品の汚染である。したがって、食中毒防止の鍵は、食品の衛生管理である。

食由来感染症の予防
 表2は食品安全モニターのアンケート調査の結果である。消費者が最も不安を感じているのは食品の農薬汚染で、回答者の約68%にのぼった。微生物汚染に不安を感じている人も多く、回答者の約47%に達した。食品の安全性を脅かす危険性の中で最も大きなものの一つが微生物による汚染である。食品の生産現場である農場や牧場はもちろん、自然環境の河川や海洋などにも多種多様な微生物が棲息しているから、生鮮食品といえどもこれらの微生物が付着している。食品に付着した微生物のほとんどはヒトに対して病原性を持たないものと推定されるが、自然界に存在している微生物の中には、ヒトに病気を起こす病原微生物が存在している可能性がある。したがって、病原微生物が付着した食品の取り扱いが不十分であれば、食中毒につながることになる。どのような微生物が、どのような食品に付着しているのかを知り、それらの微生物に感染しないよう対策をたてて食中毒を防ぐことが大切である。
 カンピロバクターは高率で鶏肉に付着している。ノロウイルスはカキなどの二枚貝に付着し、生で喫食した感染者あるいは保有者の手指を介して食品を汚染する。肉類や鶏卵などはサルモネラに汚染していることが多い。食由来感染症の予防には、これら食中毒原因微生物の自然界での生態に関する情報を消費者に提供することが重要である。
 私たちは「食べること」を避けることはできない。楽しみながら食事をした結果食中毒にかかったとしたら、食事提供者は心が痛むであろう。安全な食事を安心して食べるにはどうすればよいのか、対策の情報提供も大切である。
 食由来感染症―食中毒の予防は、調理過程で食品を汚染させないことである。@食材や調理するヒトの手を介して微生物を二次汚染させない(付けない)、A食品中で菌を増殖させない(増やさない)、B食品に付着している微生物は加熱で死滅させる(殺菌する)。が基本である。
 調理従事者は、往々にして食材を加熱すれば細菌は死滅する、と信じているが加熱後の食品は“無菌”ではない。通常の調理による加熱では有芽胞菌が生き残っていることはもちろんのこと、加熱前の食材が高度に微生物で汚染している場合は、加熱後も一般細菌、ときには食中毒菌が生き残ることがある。したがって加熱後の食品の室温放置は避けねばならない。食品の冷蔵保存や食材の洗浄は、加熱前の食品に付着している菌の数を少なく抑えるためである。
 近年増加傾向にある感染型食中毒は少数の微生物で感染が成立するから、対策でとくに大切なのは食品に病原微生物を「付けない」ことである。食品に微生物を付けないためには、食品取扱者が食品汚染の元凶とならないための健康管理の徹底と手洗いの徹底である。
食品安全基本法の制定と食の安全
 わが国の食料関連産業の規模は、金額にしておよそ100兆円といわれ、生産から流通、販売、外食産業などに多くの人や企業が関わっている。2000年代に入って、BSEや食肉の偽装事件など食を巡る事件や事故が相次いで起こったために、2003年5月、国は食品安全基本法を成立させた。従来の「事後対応」から「予測に基づいた事前対応」へと、食の安全を守る仕組みは大きく変わったのである。
 食品安全基本法の理念は、@国民の健康の保護が最も重要であること、A食品の安全を最終段階だけでなく、流通、販売の各段階で監視・指導すること、B食品の健康への影響を科学的手法を使って調査し、情報の共有化を図ること、の三点である。
 食の安全を守るために「リスク評価」、「リスク管理」、「リスクコミュニケーション」が重要とされた。「リスク評価」は食品に含まれる有害物質がどのくらいの確率で、どの程度健康に影響を及ぼすのかを科学的に評価することである。「リスク管理」は費用と効果の関係や社会的な影響を考慮しながらリスクを抑える措置を講じることである。厚生労働省は「食品衛生法」等に基づき食品衛生に関するリスクを管理し、農林水産省は「農薬取締法」、「飼料安全法」等に基づき農産・畜産・水産に関するリスクを管理する。「リスクコミュニケーション」では消費者、事業者双方が意見を交換し理解を進めるとともに、行政は食品の安全性に関する情報を公開する。リスクコミュニケーションという新たな取り組みは、食の安全を確保するために、行政、事業者、消費者がそれぞれ力を合わせようというものである。
 食品安全にかかわる法律は、農林水産物の生産段階を対象にしたもの、食品の製造・流通段階を対象にしたもの、食品表示、など多岐にわたり複数の省庁にまたがっているが、食品安全基本法の制定により各省庁間の連携も強化された。食の提供側と消費する側は、安全性を巡って対立する関係でなく、情報を共有し手を携えて食品の安全という共通の目標に向かって協力しあう関係でなければならない。

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