人獣共通感染症はヒトとヒト以外の鳥類を含む動物が共通に感染する病気である。わが国では1999年(2003年改正)に制定された感染症法{正式には「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」}により人獣共通感染症(法律では「動物由来感染症」としている)についての対策が強化された。さらに2005年8月にはペストや狂犬病感染動物の輸入の危機から、輸入動物のみならず国内動物に対する感染症対策が強化された(厚生労働省、国立感染症研究所:病原微生物検出情報,26,196-198,2005)。
本誌「WORLD FOCUS」では、これまでに次の14の人獣共通感染症を紹介した。エキノコックス症(W/FNo.7)、ウエストナイル脳炎(熱)(No.13)、ワイル病(レプトスピラ症)(No.27)、つつが虫病(No.37,54)、Q熱(No.40)、ライム病(No.46)、SARS(No.47)、猫ひっかき病(No.50)、狂犬病(No.55,77)、牛海綿状脳症(No.56)、野兎病(No.71)、ダニ媒介性脳炎(No.78)。そのほか南米で流行しているシャーガス病(No.52)や動物園で問題とされる人獣共通感染症(No.58)についても紹介した。
厚生労働省は1999年の感染症法制定以後「わが国における動物由来感染症の患者数」の年次的推移を報告しているが(表1)、ここでは、注目される人獣共通感染症の内おもな5疾患について最新の情報
を含めて紹介するとともに、海外情報としてNature, Lancet, Science等の最新情報を踏まえた解説を紹介する。
高病原性鳥インフルエンザ
2003年から届け出感染症に加えられた。わが国では幸い患者は出ていないが、鶏では茨城および埼玉県では病原性の弱い型である(H5N2)ものが発生している。一方、野鳥については環境省が調査しているが、2006年2月末まで国内9箇所(千葉県、茨城県、長崎県、新潟県、福島県、沖縄県など)から採取した約700検体について検査を行ったところ、すべての検体で高病原性鳥インフルエンザウイルスは検出されなかったと報告している(http://www.env.go.jp)。しかし、英国でも野鳥の死亡例が報告されており、WHO報告(2006年4月21日現在)によれば世界各地で、合計で確定症例204、死亡例113であることから本邦においても充分な対策が必要である。
つつが虫病および日本紅斑熱
いずれもダニに咬まれることにより感染する疾患で、つつが虫病はこの数年間は患者数は減少傾向にあるが、共通感染症のなかでは最も多い部類である。これに対して、日本紅斑熱は増加傾向にあり、患者発生地域も拡大している。患者は、前者では秋に集中するが東北では春にも発生する。後者では3月−12月に発生する。山菜採りやハイキング中に感染することもある。
E型肝炎
2003年より届け出感染症となったが、2004年では30名以上の患者がでている。感染すると急性肝炎を引きおこすが、慢性化はしない。経口感染で臨床症状は黄疸を伴うが不顕性感染も多い。妊婦では妊娠第3週で感染を受けた場合、胎児の致死率は20%になるという報告がある。開発途上国で流行があり、これまでは輸入感染症としてみられていたが、日本でも野生のイノシシの肝臓やシカの肉の生食で発生している。市販のブタのレバーからもウイルス遺伝子が検出されているので加熱不十分な肉、臓器の摂食は避けるよう注意が必要である。
牛海綿状脳症(BSE)
日本で最初のBSEが見い出されて4年余りが経過した。わが国でのBSEの感染源と感染経路は農林水産省のBSE疫学検討チームが2003年9月に日本で発生した7例のBSEについて検討を行い報告をした。その結果、感染源は1982年または1987年に英国から輸入された33頭のウシの中に感染牛が含まれていて、それが肉骨粉となってリサイクルされた可能性と、1990年以前にイタリアから輸入された肉骨粉に含まれていたBSE病原体による可能性が推測された。感染経路はブタ、ニワトリ用の餌である肉骨粉がウシのえさに混入した交差汚染の可能性が推測された。日本は、食肉安全対策を国際的にもっとも厳しい条件で実施している。国内におけるBSE蔓延防止対策も効果的に行われているが海外からのBSE侵入防止のために万全の対策を続けることが必要である。(山寺静子)
《海外情報》
人獣共通感染症(zoonosis)の周辺
−最近の話題から−
BMSA理事 小 船 富 美 夫
この50年間に世界で発生した主な新興再興感染症は42件、そのおおくが野生動物を自然宿主とするzoonosisである。zoonosisは急性感染症ばかりではなく牛海綿状脳症=BSE(Bovine
spongiform encephalopathy)を代表とする遅発性感染症、医原性感染症など、多様な側面をもっている。本稿ではトリインフルエザ、BSEの起源のほか、zoonosisに関連する最近の知見を紹介したい。
1.トリインフルエンザA(H5N1)ウイルスのヒト・ヒト感染爆発は何時か?
1997年、香港でトリ・インフルエンザウイルスA(H5N1)に18人が罹患(6人死亡)した。2003年には韓国、2004〜2006年にはベトナム、日本、タイ、カンボジア、中国、ラオスなどアジア諸国、さらにトルコ、ヨーロッパ諸国、カメルーン、エジプト、ナイジェリアなどアフリカ諸国にも拡散し、すでに地球規模の流行となっている。ヒトは感染鶏との密接な接触に因り感染すると考えられる。トリインフルエンザの流行が広域化、長期化するに従って、ヒトへの感染例も増加しつつある。死亡者はすでに110名を越えている。
ヒトの感染症例では発熱と咳嗽ではじまり、1−5日で呼吸困難、肺炎(胸部X線所見)を併発する。発症後4〜10日(平均7日)に気管挿管を要し、発症から死亡までの平均は8日である。下痢、嘔吐など消化器症状、白血球の増減は一様ではなく、リンパ球は減少(<1,000/μl)する症例が多い。幸いなことに現在までのところヒトでの感染爆発は免れている。最近の研究成果では、ヒトとトリインフルエンザウイルスでは増殖部位が若干、異なるらしい。トリインフルエンザA(H5N1)ウイルスの主要レセプター(SAa2,3Gal)は細気管支(気管支が6回以上分岐した直径1mm以下の細径で、軟骨はなく平滑筋と弾性線維の部分)と肺胞の接合部および肺胞にある1)。したがって、肺の深部で増殖したウイルスは外部に排出されにくい。つまり、伝播されにくいと考えられる。
A(H5N1)ウイルスの標的が細気管支と肺胞であることはA(H5N1)ウイルスの罹患者が感染早期に肺炎、呼吸困難を呈することと密接に関連すものと考えられる。A(H5N1)ウイルスのヒトでの感染爆発はそのレセプター(SAa2,3Gal)をSAa2,6Galに変化させた時と言えそうである。それは何時なのか。はたして、ここ数年という問題であろうか?
2.BSEの起源はヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD:Creutzfeldt-Jakob disease)である(仮説)〜飼料(肉骨粉)に混入したヒト組織〜
BSEのわが国での発生は2001年9月11日であった。以来、食の安全の観点から大きな社会問題となり、4年が経過した。
イギリスで1960年代から飼料の原材料として数十万トンにおよぶ大量の哺乳動物の死体、骨をインド、パキスタン、バングラデシュなどから輸入していた。地域の農民は動物の死体や骨をガンジス川からも集めて売っていた。ヒンズー教徒は死者をガンジス川に流す風習があり、必然的に輸出された原材料にヒトの死体も混入した。事実、英国の飼料会社が輸入した動物の原材料からヒトの組織成分が検出されている。
この地域(インド亜大陸)でのCJD患者の発生数は年間150例(1960〜1970年代)と推定されている。インド国民の80%はヒンズー教であることからガンジス川には毎年120人のCJD遺体が葬られたと推定される。イギリスは同時期にインド、パキスタンから大量の動物産物を原材料として輸入し、製造された肉骨粉は幼若牛にも与えられた。
これまで、BSEの起源はプリオン病である羊スクレイピー(scrapie)の肉骨粉に由来すると広く考えられてきた。しかし、羊スクレイピーの牛への伝達実験を試みてもBSEは再現されない。マウスでも同様な結果であった。そして、BSEの羊スクレイピー由来説はイギリスの政府機関でも否定された。一方、BSE、ヒトのCJDはいずれもマウスに伝達できることが判明している。
これらの情況証拠からBSEの起源はヒトCJD由来である可能性が高いとの仮説が提起された2)。
イギリスでBSEが初めて発生したのは1985年、潜伏期の平均を5年とすると1980年前後にその誘発要因があったと考えられる。実は、当時、第二次オイルショックにより原油価格は高騰した。その結果、それまで肉骨粉の製造過程で行なわれていた熱処理は簡素化され、有機溶媒処理(獣脂を抽出するため)は中止された。つまり、それまでは熱処理と有機溶媒の処理で不活化されていた原材料中のプリオンが充分には不活化されないまま飼料(肉骨粉)に混入することになったと考えられる。
<補足>プリオンとはプリオンprion(proteinaceous infectious particle)=異常型プリオン蛋白質(PrPSc):
正常型プリオン蛋白質(PrPC)の構造異性体でプリオン病の罹患個体のみに存在する。易凝集性で、異常型プリオン蛋白が5分子以上凝集すると感染性を有するようになりプリオンと呼べる。14〜28分子のPrPScで構成されたプリオンが最も強い感染性を示すといわれている。また、PrPSc蛋白分解酵素に抵抗性を示し、界面活性剤の乳化分散作用に対しても抵抗性である。二次構造はα-helix30%、β-sheet
45%(PrPCでは3%)とされ、成熟型のPrPCから翻訳後に何らかの修飾を受けると考えられている。
「プリオン」は「ウイルス」、「細菌」等と同位の用語であり、「異常プリオン」「正常プリオン」は用語として正しくない。当然ながら、プリオンは微生物とはいえない。
3.SARSコロナウイルスとエボラウイルスの自然宿主
ハクビシン、オオコウモリ、アカゲザル、ヘビなどからSARSコロナウイルスの遺伝子が検出されていたが自然宿主はキクガシラコウモリ(Rhinolophus
sinicus)であることが複数報告された。キクガシラコウモリには高いSARSコロナウイルス血清抗体が検出され、糞便からはSARSコロナウイルスと同一のウイルス遺伝子が検出された3,4)
また、エボラウイルス(Ebolavirus)の自然宿主がオオコウモリであることも報告された6)。これにより、同じフィロウイルス(Filovirus)科であるマールブルグ病ウイルスについてもオオコオモリがその自然宿主である可能性がでてきた。
4.移植医療とzoonosis
1)LCMウイルス、狂犬病ウイルス、西ナイル熱ウイルス
脳卒中で死亡した米国人女性から肝臓、肺、腎臓、角膜、皮膚が移植に提供された。肝、腎、肺の移植を受けた4名の受容者(recipient)のうち3名が移植後3〜4週に死亡した。ウイルス学的検査の結果、死亡原因はLCM(lymphocytic
choriomeningitis)ウイルス感染症であることが判明した。再調査の結果、臓器提供者(donor)はペットのハムスターからLCMウイルスに感染していたことが判明した(CDC
Morbidity Mortality Weekly Report, May 26, 2005)。ほかに、コウモリに咬傷をうけたdonorから肝移植をうけ狂犬病を発症した症例、西ナイルウイルスの罹患症例などが報告されており、移植医療におけるzoonosis症例として注目される。
5.診療とzoonosis −ある症例から−
約4ヶ月間、西アフリカ(リベリア)に滞在したビジネスマン。発熱、悪寒、重度の咽喉痛、下痢、背痛で発症、入院。入院時体温は39.8℃。意識状態に異常なし。腸チフスとマラリアが疑われ、抗生剤と抗マラリア薬が投与されたが症状は悪化。臨床的に急性呼吸窮迫症(adult
respiratory distress syndrome)と診断され、人工呼吸器が装着された。しかし、間もなく死亡した。死亡後の血清診断、肝組織検査によりラッサ熱(Lassa
fever)であることが判明した。幸い、家族をふくめ二次感染者はでなかった。この事例から日常、不特定多数の患者に接触する臨床医は、特に海外旅行歴のある発熱症例の診療では、患者の血液(体液)に暴露されぬよう注意が肝要である。西アフリカでは年、200,000人がLassaウイルスに罹患し、5,000人が死亡している現状がある。因みに、今後、わが国に侵入する可能性のあるzoonosisは狂犬病、ニパ(Nipah)ウイルス感染症、
SARS、西ナイル熱、ウイルス性出血熱、ダニ媒介性脳炎、リフトバレー熱、Bウイルス感染症、エボラ出血熱、ハンタウイルス感染症、トリインフルエンザ、ボルナ病、オウム病、Q熱、炭疽、エキノコッカス症、野兎病、マラリアほか、多彩なのである。
引用文献
1)K. Shinya, et al.:Influenz virus receptors in the human airway.
Nature, 440;23 March 2006
2)Alan C.F. Colchester, Nancy T.H.Colchester:The origin of bovine
spongiform encephalopathy: the human prion disease hypothesis. Lancet
366, 856-861, September 3, 2005
3)Wendong Li, Lin-Fa Wng,et al: Science 310, 676, 2005,
4)Lau, S.K,et al: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 14040, 2005
5)Eric M. Leroy, et al.: Nature, 438, p 575, 2005
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