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Word Focus TOPページへ戻るNo.77       (第6回トラベラーズワクチンフォーラム報告)
  <<トピックス>>
     狂犬病ワクチン    
     東京都立駒込病院小児科部長   
              高 山 直 秀

 

1.はじめに
 日本から狂犬病が消えてすでに40年以上が経過し、日本人の大部分は狂犬病を過去の病気と思いこんでいるようにみえる。しかし、狂犬病は一部の島国や半島の国々を除いて全世界で発生しており、特にアジア地域では毎年多数の狂犬病犠牲者が出ている。交通手段が発達している現在では、周囲の国々から狂犬病が侵入する可能性及び日本人が狂犬病常在地で狂犬病ウイルスに感染する可能性が以前より増大している。
2.狂犬病の特徴
 狂犬病は代表的なウイルス性人獣共通感染症の一つであり、特徴的な臨床像から恐水病とも呼ばれる。病原体はラブドウイルス科リッサウイルス属に分類される狂犬病ウイルスである(1)。
 狂犬病の疫学的特徴は、一部の島国や半島の国々を除いて全世界で発生していること、ほとんどすべての哺乳動物が罹患すること、アジアのように都市部の野良イヌの間で狂犬病ウイルスの感染環が形成されている都市型流行と欧州や北米のように野生動物の間で感染環が形成されている森林型流行があることである。さらに南北米大陸ではコウモリが狂犬病ウイルスを媒介しており、ヨーロッパ、オーストラリア、アフリカに生息するコウモリの一部は狂犬病ウイルスに類似したリッサウイルスに感染している(2)。
 狂犬病の臨床的特徴は、発病すればほぼ100%死亡すること、潜伏期が通常1−3ヵ月と長いことである。狂犬病発病以前に狂犬病ウイルスに感染しているか否かを知る検査方法はない。発病した狂犬病に対する有効な治療法はなく、狂犬病患者の救命例はこれまで6例が報告されているにすぎない。狂犬病危険動物に咬まれたあと、定められた間隔で繰り返し狂犬病ワクチンを接種する曝露後発病予防が狂犬病死を免れるための唯一有効な手段である。すなわち、狂犬病は予防できるが、決して治癒しえない疾患である。
3.ヒト用狂犬病ワクチン
 狂犬病ワクチンはフランスのパストゥールによって1885年に実用に供された。パストゥールのワクチンは不活化ワクチンとも生ワクチンとも言いかねるもので、ワクチンによる死亡者もでた。その後、固定毒を感染させたヤギやヒツジの脳乳剤をホルマリンで完全に不活化した狂犬病ワクチンが作られた(センプル型ワクチン)。このワクチンには、多量の神経組織成分が含まれていたため、脱髄性脳炎などの重大な神経系副反応が発生した。神経系副反応の主な原因とされたミエリン成分の混入をなくすために1955年に乳のみマウス脳由来狂犬病ワクチンが製造された。しかし、このワクチンによってもギラン・バレー症候群のような神経系副反応が起きた。その後ワクチンの接種回数を減らしたところ副反応も減少した。乳のみマウスワクチンは現在でも中南米を中心に使用されている。1970年代から狂犬病ウイルスを培養細胞で増殖させ、これを不活化したワクチンが製造されはじめた。現在では副反応がほとんどない組織培養凍結乾燥不活化狂犬病ワクチンが標準的狂犬病ワクチンとなっている。この種のワクチンとして、用いる狂犬病ワクチン株ウイルスとそれを増殖させる培養細胞の種類が異なる、ヒト2倍体細胞ワクチン(Human Diploid Cell Vaccine; HDCV)、精製ベロ細胞ワクチン(Purified vero cell rabies vaccine, PVRV)、精製ニワトリ胚細胞ワクチン(PurifiedChickEmbryoCellVaccine;PCEC)などが市販されている。なお、日本では国産の精製ニワトリ胚細胞ワクチン(PCEC-K)が市販されている。
4.曝露後発病予防
 WHOは狂犬病常在地で狂犬病危険動物に咬まれたときは、@水と石鹸で傷口を十分洗う、Aアルコールやポビドンヨードなどの消毒液で消毒する、B組織培養不活化狂犬病ワクチンを、初回接種日を0日として、0日、3日、7日、14日、30日に接種することと、0日に抗狂犬病免疫グロブリン(Rabies immune globulin:RIG)を注射するよう勧告している(エッセン方式)。なお、日本ではRIGが市販されていないので入手困難である。
 国産狂犬病ワクチンの接種量1.0mlを3分割して、皮内に2ヵ所、皮下に1ヵ所接種した場合には(皮内−皮下併用法)、ワクチン1.0mlを皮下1ヵ所に接種したときよりも、早期に高い抗体価が得られる(3,4)。したがって、狂犬病発病の危険が高いがRIGを注射できない場合に、次善策として皮内-皮下併用法による曝露後発病予防を考えてもよい。
 狂犬病曝露後発病予防は同一の狂犬病ワクチンを用いて行うことが望ましい。しかし、日本では外国製狂犬病ワクチンの入手が困難であるため、海外でイヌなどに咬まれて外国製組織培養狂犬病ワクチン接種を1回ないし数回済ませたのち帰国した咬傷被害者に同一種のワクチンで曝露後発病予防を続行することは実際上不可能である。このような動物咬傷被害者にも、国産の狂犬病ワクチンを用いて効果的かつ安全に曝露後発病予防を続行できることが判明しているので(5)、迷わず国産狂犬病ワクチンを接種するべきである。ただし、乳のみマウスワクチンの接種を受けた咬傷被害者では、接種スケジュールがエッセン方式注)とまったく異なるので、単純に続行することはできない。また、国内に狂犬病曝露後発病予防を実施できる医療機関が少ないため、海外で受けた曝露後発病予防を続行できる施設を探すことは必ずしも容易ではない。この際、成田空港検疫所のホームページ(http://www.forth.go.jp)が役立つ。
5.曝露前免疫
 副反応がほとんどない組織培養不活化狂犬病ワクチンが開発されたため、狂犬病危険動物に咬まれる前に予防接種をする(曝露前免疫)というワクチン本来の利用法が可能となった。狂犬病常在地、特に発展途上国に赴任ないし長期旅行する人々には、出発前に狂犬病ワクチンを接種するよう助言すべきである。
 WHOは曝露前に狂犬病ワクチンを0日、7日、28日の3回接種する方式を、米国では0日、7日、21日か28日の3回接種する方式を勧めている(2)。一方、日本では組織培養狂犬病ワクチンを1ヶ月間隔で2回注射し、6ヶ月後に3回目を注射して基礎免疫完了としている。多くの場合、赴任決定から出国までの期間は2ヵ月前後であるため、日本方式で基礎免疫を完了することは困難である。現行の国産狂犬病ワクチンの2回接種による防御効果は不十分であるが、赴任先で咬傷被害を受けたときに、ただちに狂犬病ワクチン接種を受ければ、早期に抗体の産生が始まり、RIGの注射ができなくとも、狂犬病の発病予防効果が十分に期待できるので、2回の接種だけでも済ませてから出国することが望ましい。また、狂犬病流行地で動物を扱ったり、野外調査に従事する予定の人々はWHO方式で狂犬病ワクチン接種を済ませてから赴任するとよい。
6.おわりに
 狂犬病は予防できるが、一度発症してしまえば現代医療をもってしても治癒させることはできない代表的ウイルス性人獣共通感染症である。日本から飛行機で数時間の地域で、今も数百、数千の人々が毎年狂犬病の犠牲になっていることを認識し、狂犬病多発地域を旅行する際には狂犬病を十分に警戒し、出国前に少なくとも2回の狂犬病ワクチン接種を済ませ、狂犬病常在地で狂犬病危険動物に咬まれたなら、ただちに現地の医療機関で狂犬病曝露後発病予防を受けるべきである。くり返しとなるが狂犬病は予防できるが、治癒させることができない疾患であり、また決して過去の病気でもない。
注)エッセン方式:国際的に狂犬病曝露後発病予防の標準法
参考文献
1)万年和明:ラブドウイルス.ウイルス2002;52:21-25.
2)高山直秀:ヒトの狂犬病:忘れられた死の病.時空出版,東京,2000.
3)高山直秀,万年和明,井戸田一郎,加藤康幸 ヒトへの皮内および皮下接種併用法による狂犬病曝露前免疫の検討 臨床とウイルス 2001:29:395-397.
4)高山直秀,井戸田一朗,加藤康幸 ヒトへの皮内・皮下接種併用法による狂犬病曝露後発病予防の検討 臨床とウイルス 2003;31:62-66.
5)高山直秀,菅沼明彦,笠井大介,倉井大輔:外国製狂犬病ワクチンに引き続き国産狂犬病ワクチンで狂犬病曝露後発病予防を受けた人々における抗狂犬病抗体価 感染症学誌 2002;76:882-887.
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