1 ツツガムシの生活環とツツガムシ病リケッチアの感染
ツツガムシは、その生活環(卵、幼虫、若虫、成虫)のなかで、若虫と成虫(いずれも脚は4対)は土中で自由生活を送るのに対し、幼虫(脚は3対)(図1)だけは通常1回(2-4日間)だけ、主に野ネズミなどの小哺乳類に寄生し,それらの体液や宿主組織の溶解物を取り込みます。ツツガムシの中には未吸着幼虫がヒトに吸着する種類もあり、もしこれらの幼虫が病原体であるツツガムシ病リケッチアOrientia
tsutsugamushiを保有していると、ヒトや野ネズミなどが感染することになります。この未吸着幼虫が保有するリケッチアは、親の卵巣から伝播されたものと考えられ、このことは川村ら(1917)が日本の浸淫地から採集した
アカツツガムシ(Leptotrombidium akamushi)成虫を実験室内で飼育し、孵化した未吸着幼虫を猿に吸着させたところ、この猿が発症したことで証明されました. その後わが国ではタテツツガムシ(L.
scutellare)、フトゲツツガムシ( L. pallidum )もリケッチアの経卵伝播が明らかにされました。しかしこれらのリケッチアを保有しているツツガムシ幼虫は、いったいどのようにしてリケッチアを保有するに至ったのでしょうか。長い間、リケッチアの伝播については、リケッチアを保有している野ネズミに寄生していたツツガムシが簡単に野ネズミからリケッチアを獲得出来ると思われていました。しかし実際にはリケッチアは容易には移行しません。ツツガムシ幼虫は宿主の血液は全く吸わず、細胞と細胞の間にある体液を吸引して養分にしています。また宿主の皮膚にさし込まれたツツガムシ口器周辺の細胞は消化崩壊されていますので、おそらくリケッチアも崩壊されて摂取されるものと思われます。それゆえ、たとえ野ネズミがリケッチアを保有していたとしても、これに寄生したツツガムシへのリケッチアの移行は大変難しいものと考えられます。
図1 つつがむし病媒介の一種、フトゲツツガムシ
Leptotrombidium pallidum 未吸着幼虫
(新潟薬科大学 浦上 弘博士のご厚意による)
2 自然界の野ネズミなどから得たツツガムシのリケッチア保有例
野生動物に寄生していたツツガムシからリケッチアが検出された種類は10
数種にのぼります。しかしこれらのツツガムシがリケッチアを保有するに至った経過は、親から経卵伝達により伝播したものか、またはリケッチアに感染していた宿主から移行したものなのかは明らかではありません。わが国ではリケッチアの経卵伝播が証明された種はすでに述べましたようにアカツツガムシ、タテツツガムシ、フトゲツツガムシの3種ですが、これらのツツガムシが全く分布していない地域で捕獲した野ネズミに、しばしばリケッチア感染例が認められることを考えると、これら3種以外にもリケッチアを経卵伝播しているツツガムシがいる可能性があります。
3 リケッチアに感染した野ネズミは発病するのだろうか。
実験室で飼育しているハツカネズミにリケッチアを接種すると、腹水がたまり、約2週間後には死亡します。しかし実験的に、ハツカネズミの致死量の30万倍の濃度のリケッチアを野生のネズミに接種しても、これらの野ネズミは発病しないばかりか、繁殖も認められました。また野ネズミに接種したリケッチアは数ヶ月後には検出出来なくなってしまいました。このことから野ネズミはリケッチアの保有者というよりは、むしろツツガムシの発育に必要な養分の供給源としての役割のほうが大きいものと考えられます。
4 つつがむし病を発症したハツカネズミからツツガムシ幼虫にリケッチアは移行するのか.
実験的にハツカネズミにその致死量の10万倍量のリケッチアを接種した後、このハツカネズミが発病して死亡する数日前に、ツツガムシの幼虫を寄生させてみると、ツツガムシの種類には関係なく、数パ−セント程度の低い割合でツツガムシ幼虫にリケッチアの移行が認められます。次にリケッチアを新しく獲得したツツガムシは次世代にリケッチアを経卵伝播するのでしょうか。もし経卵伝播するとしたら、リケッチア保有ツツガムシの新しい起源になることが実証されるわけです. 実際のところ、多くの研究者がこれを証明しようとしましたが、未だ確実な証明には至っておりません。しかし、もしツツガムシ幼虫がリケッチアを新しく獲得して、リケッチア保有ツツガムシの起源になりうるとしたら、自然界において、リケッチアを保有しているツツガムシの種類やその個体数が増加するに違いないと考えられますが、今のところこれを支持するデ−タは得られておりません。
5 ツツガムシによるリケッチアの伝播と維持
これまで+述べてきたように、野外に生息している殆どのツツガムシはリケッチアを保有していません。しかしつつがむし病患者が発生したということは、そこにリケッチアを保有していたツツガムシ幼虫がいて、しかもヒトを刺咬することによりリケッチアに感染し、発症したことになります。図2にフトゲツツガムシの生活史におけるリケッチアの維持と伝播経路を示しました。すなわちリケッチアに感染している雌親は次世代にリケッチアを経卵伝播し、リケッチアは満腹幼虫(Engorged
larva)-第一若虫(Protonymph)-第二若虫(Deutonymph)-第三若虫(Tritonymph)-成虫(Adult)という生活環で維持され、しかも発育が進むほど、体内におけるリケッチアの量は増えており、再び雌親はリケッチアを次世代に経卵伝播します。なおフトゲツツガムシのリケッチア感染コロニ−の性比はほぼ1:1で、しかも成虫雌、雄ともにリケッチアを保有していますが、外国産の数種類のつつがむし病媒介種のリケッチア感染コロニ−の性比は雌:雄は1:0であり、リケッチアを保有しているのは雌だけであるという、大変興味ある違いがあります。親が保有するリケッチアを次世代に経卵的に伝播するという垂直伝播が、自然界におけるツツガムシ病リケッチアの伝播の主要経路であり、こうしてリケッチアは親から子に代々伝播されていきます。しかし親がリケッチアを保有していても、子どもが全てリケッチアお保有しているとはかぎらないこと、またリケッチアを保有している雄からはリケッチアの伝播はおこらないこと、つまり精子を介してのリケッチアの伝播は認められないなど、最近の研究によりリケッチアの伝播機構の詳細が少しずつ明らかになってきました。一方、リケッチアを保有していないツツガムシ幼虫が、リケッチアの感染を受けた動物に寄生することにより、リケッチアを二次的に獲得し、次世代に伝播する可能性を全く否定することはできませんが、その確率は極めて低いものと考えられます。

図2 ツツガムシにおけるツツガムシ病リケッチアの伝播
NT:リケッチアを伝播しない
+:リケッチアを保有している