WHOのWorld Survey of rabiesによれば、報告された狂犬病による死者は1995年では
35,583人(内インドから3万人、この報告数は96、97年も同数)、1996年で33,209人、 1997年で33,221人であった。この数は約110カ国からの届出数であるが、WHOでは全世界で狂犬病による死者を35,000~50,000人と推定している。狂犬病は、感染後発病までの期間が比較的長いために、感染してからの狂犬病ワクチンの接種で発病阻止が期待できる(暴露後療法:post
exposure treatment)。この暴露後ワクチン接種を受けたヒトは、約110カ国において、1995年で158,671人、1996年で187,468人、1997年で753,882人であった。わが国では、1970年に一人の患者発生を見たが、以後発生は今日まで見られていない。しかし、日本を取り巻く東南アジアのみならずヨーロッパ、南北アメリカ大陸等多くの国々には狂犬病が常在しており、こうした国々からネコ、アライグマ、フェレット等様々な動物が検疫を受けることなくペットとして輸入されていたことから
Reemerging感染症としてわが国に狂犬病が発生する危険性が常々指摘されていた。それも一因となって1999年4月1日より狂犬病予防法がイヌだけでなく、ネコその他狂犬病をヒトに感染させるおそれが高いものを対象とするというように改められた。こうした新しい感染症対策の流れの中で、狂犬病ウイルスの感染機会があったヒトに、暴露後療法が実際にはどのように行われるのかについて確認しておくことは研究者、医師、それに獣医師のいずれにとっても重要と考えられる。暴露後療法の実際についてはWHOよりWHO
Recommendations on Rabies Post-Exposure Treatment and the Correct
Technique of Intradermal Immunization against Rabies(WHO 1997、全27ページ)が出ており、本稿ではその概略を紹介する。
どのような場合に暴露後療法を実施するのか;
狂犬病ウイルスに感染している疑いのある動物(稀に野生のネズミ類、家畜や野生のウサギも対象となる)、あるいは狂犬病であることがはっきりしている動物との接触があった場合に、ヒトに対して推奨される対処方法を3つのカテゴリーに分けて示している。
カテゴリー1:動物になめられた場合−動物のワクチン接種歴等素性に問題が無い場合には何も処置しない。
カテゴリー2:僅かに皮膚をかじられた場合や、出血を伴わない引っ掻き傷や浅い擦りむき傷、傷のある皮膚を舐められた場合−直ちにワクチン接種を開始する(狂犬病の常在地ではなく動物も明らかに健康で観察が可能な時には接種開始を遅くしてもよい)。10日間の観察期間を通して動物が明らかに健康であった場合、あるいは動物について適正な実験室診断を行い陰性であった場合にはワクチン接種を中止する。カテゴリー3:1〜数回の皮膚を貫通する噛み傷を受けた場合や、唾液のついた引っ掻き傷−直ちに抗狂犬病ウイルス免疫グロブリンの投与とワクチン接種を行う(狂犬病の常在地ではなく動物も明らかに健康で観察が可能な時には接種開始を遅くしてもよい)。10日の観察期間はイヌとネコに対する場合で、その他の動物については安楽死後適正な実験室診断によって確認を行う必要がある。
傷口の処置:
1. 応急処置;感染部位からの物理的・化学的洗浄によりウイルスを消滅させる操作は非常に有効である。直ちに受傷部位を石鹸と水とで十分に洗うこと。この洗浄は総てのケースに適用されるべきである。洗浄に引き続いてエタノール(700mlのエタノールに水を加えて1,000mlとする)、チンキ、イオヂン液、あるいはポピドン液を傷口に塗布する。
2.医師、あるいは医師の指示による処置;まず、上記の応急処置を行う。ついで、傷の深さまで注意深く抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン(ARI:anti-rabies
immunoglobulin)を滴下する。ついで傷の周囲にもしみこませる。傷は開放創とする。もし縫合が必要な場合には局所へのARI投与を確実に行うこと。ついで、細菌感染予防のために抗生剤を投与する。必要な場合には破傷風に対する処置も行うこと。
暴露後ワクチン接種:
精製細胞培養ワクチン、あるいは精製アヒル胎児ワクチンを少なくとも一回の筋肉内接種で2.5国際単位の力価を投与するべきである。
筋肉内注射によるワクチン接種;
受傷日を0日として、3、7、14、28日目にそれぞれ一回量のワクチンを三角筋部位に接種する。小児の場合には大腿筋の側方に接種する。ワクチン接種を臀部の筋肉に行ってはいけない。変法の一つとして2-1-1投与方法も選択できる。受傷日に2回量を投与する。左右の腕の三角筋部位にそれぞれ筋注する。受傷後7日および
21日目にも一回ずつ筋注する。
皮内注射によるワクチン接種;
皮内接種によっても有効な予防効果を与えられる。
a):2-site intradermal method;
以下のワクチンがこの皮内接種法に用いられる。精製vero cell ワクチン(PVRV: Purified Vero Cell
Vaccine)、精製初代鶏胎児細胞ワクチン(PCECV: Primary Chick Embryo Cell Vaccine)、精製アヒル胎児ワクチン(PDEV:
Purified Duck Embryo Vaccine)。PVRVとPDEVは筋注の場合には、注射用蒸留水で復元後0.5mlが接種量である。同様にPCECVとPDEVでは1mlである。皮内接種量は筋注に比べ一回一接種部位あたりの量は1/5になる。注射方法:第0、3、および7日に皮内一回接種量を上腕三角筋部位の皮内2箇所にそれぞれ注射する。第28、および90日目に同部位一箇所に一回接種する。
b):8-site intradermal method;
この方法では、ヒト2倍体細胞ワクチン(HDCV:Human Diploid Cell Vaccine)、および精製初代鶏胎児細胞ワクチン(PCECV:
Primary Chick Embryo Cell Vaccine)を1mlに復元したものを用いる。第0日に0.1mlのワクチンを8個所皮内注射する。部位は体前部左右それぞれの上腕、腹部、および大腿の皮内である。第7日目には、左右それぞれの上腕、および大腿の皮内である。第28、および90日目には左右いずれかの上腕に一回接種する。この皮内接種法は筋注に比べてワクチン接種量が少ない。残ったワクチンは適正な無菌操作と保存(4-8℃で復元後4~8時間以内)により他のヒトにも使用できる。
抗狂犬病免疫グロブリンの投与;RIGはヒト由来では、一回の投与量を1kgあたり20IU、ウマ由来では同様に40IUとするべきである。投与は一回目のワクチン接種と同時に行う。RIGは傷の中および周囲に染み込ませなければいけない。これは、傷が腫れてきても行う。傷周囲に使用後RIGもワクチン接種部位から距離を置いて注射する。もし、最初のワクチン接種時に入手できなくても7日目までには投与すること。RIGの総投与量はワクチンの防御効果を低くしないようにすべきである。また、計算上のRIGが不足する時には、2~3倍に希釈してもよい。ウマ由来のRIG投与により接種後7~10目に約1~6%の割合でショックが発生する。ヒト由来のRIGではこのショックは見られない。
受傷以前にワクチン接種を受けたことの有る者に対する暴露後療法:
暴露後療法が必要な者で以前に細胞培養、あるいは精製アヒル胎児ワクチン接種を受けている場合には追加接種にすばやく反応して大量の抗体を産生するが、それでも直ちに追加接種を行う必要がある。過去に完全なpre-、あるいはpostワクチン接種を受けていた場合、あるいはそれまでに中和抗体価で0.5IU/ml以上を示したことのある者については短縮した暴露後療法を受けることが出来る。これらのヒトにはRIGを投与する必要は無い。
ワクチン接種法;
0、および3日にワクチン接種を行う。筋注の一回標準力価量、あるいは一回の皮内接種を行う。もしマラリアの薬物療法(クロロキン投与等)が行われている場合には、筋注が必須である。もし、皮内接種でその部位に発赤が見られない場合には次の接種日には反対側の腕に接種する。(紙面の都合で一部割愛した。全文を必要とする場合には当会に連絡されたい)。