ヒトに感染するクラミジアには、3種類あってそのうち主に呼吸器感染症を引き起こす肺炎クラミジア(Chlamydia
pneumoniae)が今回の主役です。クラミジアにはこれ以外にトラコーマという眼の病気や性行為感染症で有名なトラコーマクラミジアとオウム病の原因となるオウム病クラミジアがあります。さて、このヒトに肺炎や気管支炎を起こす肺炎クラミジアという病原体と成人病である動脈硬化症とは全く関係がないような気がします。どこでどう関連があるのでしょう。まずフィンランドのSaikkuらが、肺炎クラミジアに対する抗体保有者のほうが抗体陰性者より心筋梗塞になりやすいことに気づいたことにはじまります。これは今から約10年前の1988年のことです。その後同様の血清疫学的な検討が日本を含め世界中で数多く行われ、同様の結果が得られています。人種や地域が異なってもそのほとんどで肺炎クラミジアに対する抗体保有者は2〜4倍程度心筋梗塞や脳卒中になりやすいことが報告されています。
その後心筋梗塞の病変部位である冠動脈の動脈硬化部位にこの肺炎クラミジアがいるかどうかが検討されました。最初に南アフリカの病理学者Shor博士と米国のKuo教授らによって確かめられ、その後私を含め世界の研究者によって確かめられています。この肺炎クラミジアの存在は、最初は電子顕微鏡やPCR法や免疫組織染色だけで確認されていましたが、最近では生きた形で存在することが培養法で確認されています。冠動脈のような無菌状態と思われていたところに肺炎クラミジアのような細菌が生きた形でいることは驚きです。肺炎クラミジアが動脈硬化病変にいることは分かりましたが、本当に動脈硬化症を引き起こしたりまた進行させたりしているのでしょうか。それともただそこにいるだけでなにも悪いことをしていないのでしょうか。肺炎クラミジアは非常に身近な病原菌で、ヒトは少なくとも一生に一度は感染すると言われています。したがって長生きすれば誰もが動脈硬化症に多かれ少なかれなるように、肺炎クラミジアにも感染していると思われます。このような状態では、肺炎クラミジアに感染していないヒトや動脈硬化症のない老人を見つけることは困難であり、両者の因果関係に結論づけることは困難です。
しかし最近になってウサギとマウスを使った肺炎クラミジアの動物感染実験が報告されるようになりました。つまり肺炎クラミジアの経気道感染を起こした動物は、初期から動脈硬化部位に肺炎クラミジアが現れ、その後急速に動脈硬化症が進みます。さらにこの感染動物を肺炎クラミジアに有効な抗菌薬で治療すると動脈硬化症の進展を予防できることまで分かっています。
ではヒトではどうでしょう。心筋梗塞の生存者や不安定狭心症といった近いうちに心筋梗塞をおこすリスクの高いヒトを対象として抗菌薬を服用してもらいその後の心筋梗塞を予防できるかどうか
についてはすでに欧米で報告されています。200人程度の少人数対象とした研究が2つありますが、ともに抗菌薬を服用すると心筋梗塞の発症率が減ったと結論しています。現在本当に抗菌薬で心筋梗塞が予防できるかどうかを検討するために4000人を対象として抗菌薬を1年間内服し、その後4年間経過観察するといった大規模な臨床研究が米国で進行中です。
抗菌薬以外に予防をする方法としてワクチンが考えられます。現時点ではクラミジアに有効なワクチンの開発はされていません。しかし、1999年に米国の研究グループとわれわれの日本の研究グループとでそれぞれ独自に肺炎クラミジアの全ゲノム(遺伝子)配列を決定しました。ゲノムの解析が進むとワクチン開発に関連する遺伝子の解析が進み近い将来ワクチンの開発が可能になると思われます。
もし抗菌薬で心筋梗塞が予防できれば、ヒトは先進国での死因の一二を争う虚血性心疾患を予防する有効な手段を新たに手にすることができます。一見どうも関係なさそうなクラミジアと動脈硬化症ですが、今後の研究の進展に目が離せません。